琵琶は「音の出る彫刻」…イタリア人琵琶修復師が夢見る職人学校
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それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
私たちは毎日、いろいろな楽器の音色を耳にしながら暮らしています。ピアノ、ヴァイオリン、ギター、金管や木管楽器…しかし、そのほとんどは海外生まれの海外育ち。和楽器の音を耳にするのは、お正月や結婚式など、場面が限られているのではないでしょうか?
笛、尺八、篳篥(ひちりき)、笙(しょう)、太鼓に三味線、鼓…などなど、和楽器のなかにも魅力的な音色が沢山あります。奈良時代に日本に伝わり、独自の発展を遂げた「琵琶」などもその1つ。
しかし、琵琶と聞いたスタッフの奥さんは、こう言ったそうです。
「琵琶といえば昔、夏の怪談のBGMによく流れていたよね?」
日本人にさえ忘れられようとしている琵琶の存続のため、力を尽くしている人がいます。ドリアーノ・スリスさん。サルデーニャ島生まれのイタリア人です。
ドリアーノさんは、ローマを旅していた日本の女性と出会って結婚。46年前に奥さんと一緒に来日しました。バブル時代の日本という国には、あまりいい印象を持っていなかったと言いますが、来た途端に「とてもいい国だ」と、すっかり気に入ってしまったそうです。
それから半年くらい経ったころ、ドリアーノさんは、その後の人生を決める衝撃的な出会いを果たします。そのときのことは忘れられないと言います。
「その日、私はラジオを聴いていたんです。どんな番組かは忘れました。スピーカーから流れて来た楽器の音色に、私は激しく揺さぶられました。それは出会いというよりも、『出会ってしまった』という感じです」
このときの楽器が、筑前琵琶でした。どこがそんなに気に入ったのか? 学生時代、国立の音楽アカデミーでクラシックギターを専攻していたというドリアーノさんは、こう振り返ります。
「琵琶の音色は、ヴァイオリンやギターなど、どんな西洋楽器よりもモダンでした。日本人の耳には聴きとりにくい音なのかも知れません。琵琶の深い複雑な響きに、私は魅せられてしまったんです」
筑前琵琶に惚れ込んだドリアーノさんが、さらにラッキーだったのは、友だちの父親が福岡県の無形文化財である、筑前琵琶の職人だったということです。
その職人・吉塚元三郎さんを早速訪ねたドリアーノさんは、小さな仕事場で、たった1人で琵琶の制作に励む師匠と向き合いました。
「昔は弟子が沢山いたけれど、いまはこうして1人でやってる」と言う師匠に、ドリアーノさんは切り出しました。
「私に琵琶づくりを教えてくれませんか?」
この変な外国人の申し出に、師匠は彼の目をジッと見つめて言いました。「明日から来い!」…ドリアーノさんの人生を決める一言でした。
日本に来てから、まだ半年。目の前に立ちはだかったのは、言葉の壁でした。師匠の博多弁には特に泣かされたと言います。「ばってん」とか「いきよったい」とか、チンプンカンプンの言葉ばかり。
「これは何という道具ですか?」と訊けば、「カンナったい」「ノコったい」という返答。家に帰って辞書で調べても、そんな言葉は出て来ないのが普通でした。語尾に「たい」を付ける博多弁の特徴を理解できるまで、大変だったそうです。
琵琶の修復の魅力を一口で言うならば、その複雑さにあると言います。琵琶は部品を組み立ててつくるのではなく、30年間も乾燥させた木のかたまりを削ってつくります。したがって1つ1つ、形も音も違います。
ドリアーノさんは琵琶のことを、「音の出る彫刻」と呼んでいるそうです。
「私はね、琵琶の修復師なんです。修理はただ音が出るように直せばいいのですが、修復は『元の形に戻す』ことが目的となります。バチの傷跡はカンナで削れば取れますが、それは楽器を殺すようなもの。修復師は、琵琶の上に濡れた布を置いて、焼きゴテで蒸気を押し込みます。とても時間のかかる作業ですが、楽器をつくった人の心と想いを再現する。それが修復師の仕事なんです」
ドリアーノさんは、1981年に「イタリア会館・福岡」を設立。その館長としてイタリア語講座をはじめ、映画、美術、音楽など、さまざまなイタリア文化を紹介する仕事をして来ました。
そんなドリアーノさんも72歳。自分の琵琶づくりと修復の後継者が育っていないことだけが心残りで、いま、琵琶職人を育てる学校「琵琶館」をつくるという夢に向けて、資金集めにクラウドファンディングにも挑戦。今月(6月)中旬まで、寄付を呼び掛けています。
「いまならまだ間に合いそうです。教えるのは私1人。そんなに大勢の生徒はあずかれませんが、私が日本で教えてもらった素晴らしい技術を、日本人にお返ししたいんです。ちゃ~んと利子をつけてね!」
最後にイタリア人らしいジョークを付け加えてくれました。
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