奇跡の東京五輪内定 池江を勝利に導いたもの

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話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、4月4日に行われた競泳日本選手権の女子100メートルバタフライ決勝で優勝。リレーメンバーとして東京五輪代表入りを決めた、池江璃花子選手にまつわるエピソードを取り上げる。

競泳 第97回日本選手権 女子100mバタフライ 決勝 池江璃花子 57秒77で優勝 東京五輪内定=2021年4月4日 東京アクアティクスセンター 写真提供:産経新聞社

「最後は『ただいま』っていう気持ちでこのレースに入場してきたので、自分がすごくつらくてしんどくても、努力は必ず報われるんだなんていうふうに思いました」

~『NHK NEWS WEB』2021年4月4日配信記事 より

スポーツは人に勇気を与えると言いますが、このニュースには本当に勇気づけられた人が多かったのではないでしょうか。東京五輪代表選考会を兼ねた、競泳の日本選手権(2日目)が4日、東京アクアティクスセンターで行われ、女子100メートルバタフライ決勝で、白血病を乗り越え復帰した池江璃花子が57秒77で優勝。400メートルメドレーリレーの派遣標準記録・57秒92を突破し、リレーメンバーとして東京五輪代表内定を勝ち取ったのです。

池江は2019年2月、白血病であることを公表。闘病生活に入り、一時は15キロ以上も体重が減った時期もありました。治療の辛さに加え、プールに入れない辛さ。しかも、楽しみにしていた東京五輪への出場がきわめて厳しくなり、その精神的ショックたるや、想像するに余りあります。

しかし、池江は戻って来ました。昨年(2020年)3月17日にプールに復帰。ただしさまざまな感染リスクを避け、水に顔をつけて練習を再開したのはその1ヵ月後でした。それからまだ1年経っていないのです。「次のパリ(2024年五輪)が目標」と言っていた池江にとっては、まさかの五輪切符獲得でした。

優勝直後のインタビューで、こみ上げて来る感情を止めることができず、何度も涙をぬぐいながら質問に答えていた池江。「努力は必ず報われるんだな、と思いました」というコメントは、新型コロナ禍で逆境に置かれ、何とか現状を打開しようと頑張っている人たちにとって、この上なく励みになる一言だったでしょう。

それにしても、驚異的な回復力もさることながら、選考レースにも勝ってしまった池江。ここぞ、という場面で最高の力を発揮できた原動力はいったい何だったのでしょうか? 印象的だったのは、このコメントです。

「正直この100(メートル)のバタフライは一番戻ってくるのに時間がかかると思ってた種目でもあるので、本当に優勝をねらってなかったので、でも何番でもここにいることに幸せを感じようっていうふうに思って、最後も仲間達が全力で送り出してくれて、今とても幸せです」

~『NHK NEWS WEB』2021年4月4日配信記事 より

池江が得意とするバタフライは、他の種目よりも体力を消耗する種目です。池江自身「いちばん戻って来るのに時間がかかる」と語ったように、今回のバタフライに関しては、あくまで勝敗は度外視。池江は純粋に「競技に戻って来られた喜びを味わおう。そして、その喜びを次につなげよう」と考えてレースに臨みました。

結果的に、その純粋な気持ちが功を奏しました。池江は予選→準決勝とタイムを縮め、ついに決勝でも勝利。まさかの五輪切符を手にすることができました。つくづく思うのは「無欲の強さ」です。日本選手権の開幕前日(2日)、抱負を聞かれた池江はこう答えています。

『「他の選手は『五輪選考会』というプレッシャーや重圧があると思うけど、私の中では『日本選手権』に出場することの方が大きい。気持ち的にはラクに楽しめると思う」

早速3日の100メートルバタフライ予選から登場予定。勝ち進めば最大11レースに出場するため体力面の不安はもちろんある。それでも「どういう結果に転ぶか分からないけど、全力でレースを楽しみたい」と4種目に登録した意図を明かした』

~『デイリースポーツ』2021年4月3日配信記事 より

この「レースを楽しむ」というコメントは、病気療養する前から、池江がたびたび口にしていた言葉です。2016年、リオオリンピックに出場した際も、日本の選手では史上初となる7種目で泳ぎ、帰国した翌日、すぐ広島に向かってインターハイに出場するというタフネスぶりを見せた池江。いくら若くて体力があるといっても、なぜそこまで積極的に泳ぎ続けたのでしょうか? 答えはひとつ……「水泳が好きで、泳ぐのが楽しくて仕方ないから」です。

中国の古典『論語』に、こんな言葉があります。「これを知る者は、これを好む者に如(し)かず。これを好む者は、これを楽しむ者に如(し)かず」。

この言葉の意味するところは、「物事をただ理解し知っている人は、その物事が好きで取り組んでいる人には及ばない。だが、好きで取り組んでいる人も、その物事を心から楽しんでいる人には及ばない」。

今回の池江はまさに「これを楽しむ者」でした。他の選手たちは「五輪に出たい」という思いがまず頭にあります。ところが池江は、プールに入れることをまず喜び、日本選手権という国内最高の舞台で再び泳げる幸せを噛みしめ、楽しみながら泳いだ。すると思いもよらぬ力が出て、あとから勝利が付いて来たのです。スポーツにおいて、心の持ちようがいかに大切かを、池江は最高の形で示してくれました。

そして、戦いはまだまだ終わっていません。池江はレース後のインタビューをこんな言葉で締めくくりました。

「ものすごく自信のついたレースでもあったので。派遣は切れたんですけど代表に入れるかどうかはまだ分からないので、しっかり100の自由形も残ってますし、あと3本あるので、気を抜かず頑張りたいと思います」

~『NHK NEWS WEB』2021年4月4日配信記事 より

「スポーツは誰のためにするのか?」……誰のためでもありません。自分が喜び、楽しむためであり、それがアスリートの原点です。そのことをあらためて教えてくれた池江に感謝です。


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