ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」(6月11日放送)に元内閣官房副長官補で同志社大学特別客員教授の兼原信克が出演。日本の安全保障戦略について解説した。
日本の安全保障戦略を考える
4月に日本経済新聞出版から『安全保障戦略』という本を上梓した兼原信克氏。ここでは、その兼原氏から日本の安全保障戦略について訊く。
飯田)帯に書いてあります「歴史的背景、経済安全保障、領土問題---。第二次安倍政権で整備された安全保障政策体制にもとづいて日本の安全保障について包括的に解説する生きたテキスト」ということですが、これは大学での講義をまとめたものでもあるのですか?
兼原)2020年の同志社大学の講義録です。30コマあるので、1章2コマくらいでやるとちょうどいいのです。
日本政府は巨大なので、全体がわかるまで2~3年かかる~64万人の巨大組織である日本政府
飯田)安全保障組織論ということで、「いま官邸はどう回っているか」というところから始まり、まさに安全保障会議、安全保障局も含めて、これをつくる過程で兼原さんは外務省にいらっしゃったわけですよね。
兼原)官邸がこんなに強くなったのは最近のことなのです。たまたま安倍総理が長くやられたので、7年間置いていただきました。官邸がどのように動いているのかというのは、誰かが説明しないとよくわかりません。日本政府は巨大なので、全体がわかるまで2~3年かかるのです。
飯田)2~3年。
兼原)7年置いていただいたので、安全保障だけですけれども、防衛省や警察などと付き合って全体を見ると、違う絵が見えるなと思い、それを残してみんなに読んでもらいたいと思って書きました。
飯田)安倍政権の後期には「官邸の力が」とか、「独裁だ」などと批判されましたけれども、巨大だとおっしゃいましたが、64万人。
兼原)64万人です。日本政府は大企業なのです。64万人という数は、簡単に動く数ではないですよね。
総理に会える役人は何十人もいない
飯田)総理の「鶴の一声」は、どのくらい効くものなのですか?
兼原)総理の鶴の一声は、役人を呼びつけて「ガツン」と怒るという話ではありません。リーダーなので、予算委員会やテレビでご自分の意見をおっしゃられるわけです。総理に会える役人は何十人もいません。総理に会ったこともない人ばかりなのです。どこで聞くかというと、新聞やテレビでおっしゃっていることを聞いて、「この政権はこちらを向いているのか」と思って動いているのです。
飯田)そうなのですか。
兼原)総理の仕事は、国民とのやりとりなのです。メッセージが強い人だと、そちらの方向に向かって、政府全体が動き始めるのです。それは、正しいことだと思います。
3年やらなければ「総理」ではない
兼原)言葉は悪いですが、昔の総理大臣はお飾りだったのです。権力は自民党の幹事長のところにあって、政策は役人にお任せだったのです。本当に強い人も何人かいて、中曽根さんや橋本さんや小渕さん、小泉さんなどはガンガン出るのですけれども、それ以外の総理大臣は1年~2年で辞めてしまいます。役人からすると1年で辞められる総理というのは、「そう言えばいらっしゃいましたね」ということになってしまうのです。
飯田)1年間、首をすくめていれば代わるというような。
兼原)総理になったときは普通のおじさんです。凄まじい勢いで批判されるので、それに言い返して、「俺はこれをやるのだ」という人が、一皮むけて、二皮むけて大総理になって行くのです。
飯田)最初は普通のおじさんが。
兼原)1年目は自分の政策ではなく、前の人がつくった予算を執行するのです。2年目から自分の政策を打って行けるので、総理大臣だと1発500億円くらいの予算で政策が打てるのです。10本打ったら5000億、20本打ったら1兆です。1兆円を「バッ」と流せば、世の中が様変わりします。民間企業は1兆円稼いで100億の利潤ですからね。
飯田)1発500億円。
兼原)とても大きなお金が使えるので、総理大臣はやりたいことを早く決めて、次々に打って行かなければいけないのです。2年目で自分の予算をつくって執行し、3年目から成果が出て来ます。そこで「大丈夫だからもっとやろう」となるのです。そのころから国民の支持が集まって来ます。だから3年はやらないと総理ではありません。
飯田)1年でコロコロ変わるようだと、ほとんど政治のリーダーシップが空白のまま。
兼原)それは無理ですよ。社長が毎年変わるような大企業と一緒です。1年で社長が変わってしまったら、次の社長のときに「お前はずいぶんいい目を見たな」という話になるでしょう。
飯田)睨まれますものね。
兼原)そうすると「能力があって仕事をしない人」がいちばん出世するという、例の役人的な根性になるわけです。
「総理が自分の声で説明して、強く批判を受ける」それが民主主義
兼原)そうではなく、「リスクは俺が取るからやれ」と言って、能力のある人材を動かす人がいるのです。そうでなければ役人は動かないですよ。「政治が叩いて役人が動く」というのがいい形だと思います。そうすると責任がはっきりしますから。責任がはっきりしないと、みんなやらなくなるのです。
飯田)責任がはっきりしないと。
兼原)「誰の責任だ」となってしまうので。私はいまの形はいいと思います。皆さんは「官邸が強くなり過ぎた」とおっしゃいますけれども、官邸が強くないと誰が決めているかわかりません。国民も誰を批判していいかわからないではないですか。
飯田)そうですね。漠然と不満ばかりが溜まるという、まずい循環になる。
兼原)総理がご自分の声で説明して、すごい勢いで批判を受ける。それが民主主義なのです。総理大臣というのは、そこで倒れてはいけないのです。
批判と中傷の滝壺にいることを楽しめるのが総理大臣
飯田)そこで踏ん張らないと。
兼原)それが楽しいというファイターのような人でないと、総理大臣は務まらないですよね。
飯田)「打たれ強い」という資質が必要ですね。
兼原)批判と中傷の滝壺にいる感じですよ、総理大臣は。「それが楽しい」と言い返せる人でないと無理ですね。そして、芯があって骨があれば国民に伝わるのです。
飯田)雄弁でなくても。
兼原)「この人はやる」と。それが大事なのです。資質の問題として、それを持っている人と持っていない人がいるので、持っている人は大総理になります。横で見ていてすごいなと思います。
通訳を介しても通じ合える
飯田)兼原さんは外交をやって来られました。そういう芯のようなものは、通訳を介しても海外の指導者に伝わるものですか?
兼原)伝わります。小渕さんは「冷めたピザ」などと揶揄されましたが、クリントンさんは小渕さんを人間的にも大好きでした。だからクリントンさんはわざわざ東京まで葬式に来ましたよ。伝わるものはあるのです。
「自由主義や民主主義」と同じ概念がアジアでは2000年以上前から存在していた
飯田)お書きになった『安全保障戦略』、それぞれ各論も書かれているのですが、私がこれはと思ったのは、第7講に「自由主義的国際秩序と自由主義、民主主義」という講があります。自由主義や民主主義や法の支配などは、ヨーロッパやアメリカからいただいたものというようなイメージが漠然とあったのですが、そうではないと書かれているのが印象的でした。
兼原)「自由」は明治から使っている言葉なので、日本語での歴史が浅いのです。でもその前から同じものはあったのです。みんな幸せになろうと思って生まれて来るし、政府は道具であり、政府は国民をいじめてはいけないし、「あなたたちは弱いものを守るために政府をつくっているのでしょう」という気持ちは、アジア人みんなが持っているのです。孟子の教えや、「民を貴しとなす」とかね。同じものを持っているのですよ。私たちはそれを「王道政治」などと違う名前で呼んでいたのです。
飯田)自由民主主義ではないけれど、概念としては同じだと。
兼原)国民がいちばん大事だということは、孟子が2300年前から言っているわけですよ。
飯田)仁徳天皇の「民の竈」と同じですね。
兼原)同じものをみんなもっているのです。
飯田)それを民意と言うか、天意と言うか。
兼原)下から見ると、「いじめるな」という意味で「自由」と言うのです。上から見ると「王様がきちんとしろ」という議論になります。選挙や制度はヨーロッパから入って来ました。ここは確かに偉かったと思うのですけれども、考え方の根幹は一緒なのです。白人のキリスト教の思想ではありません。こういうことを言いだしたのは、私たちの方が古いのです。
飯田)2000年以上前からあるわけですよね。
兼原)ヨーロッパが言い出したのは江戸時代ですからね。流行り始めるのは「啓蒙思想」というものですから。でも私たちは聖徳太子のころから、そういうものを読んでいるわけです。全然気後れする必要はありません。アジアの王道政治や仏教、儒教などは同じものなのだと、堂々と胸を張って言えばいいのだと思います。
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