超ネアカ! 車いすラグビー日本代表を金に導く唯一の女子選手
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話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、東京パラリンピック・車いすラグビーで日本代表唯一の女子選手として出場している倉橋香衣(かえ)選手にまつわるエピソードを取り上げる。
8月24日に開会式が行われ、翌25日から競技が始まった東京パラリンピック。水泳では、競泳女子100メートル背泳ぎで、14歳の山田美幸が、夏冬のパラリンピックを通じて日本歴代最年少で銀メダルを獲得。これが日本勢のメダル第1号となりました。
また、車いすバスケットボールでも、女子日本代表が開幕戦で強豪の豪州を撃破。さらに英国にも勝って2連勝。3戦目はカナダに敗れましたが、幸先のいいスタートを切りました。銀メダルを獲得した五輪の女子日本代表同様、また女子バスケ旋風が吹くかも知れません。
そんな女子選手の活躍も目立つ今回のパラリンピック。ぜひ注目していただきたいのが、車いすラグビー日本代表・倉橋香衣です。ルール上、車いすによるタックルが認められている激しさが売り物の車いすラグビー。別名「マーダーボール」(=殺人球技)と呼ばれ、そのタイトルでドキュメンタリー映画もつくられているほどです。
実はこの競技、男女の区別がない「混合競技」で、ゆえに日本代表も男女混合でチームが編成されています。「大柄な外国人の男子選手に車いすでタックルされたら、女子選手はひとたまりもなく吹っ飛ばされるのでは?」と思うでしょう。実際、倉橋は何度もそういう目に遭っています。
が、彼女は怖がるどころか、相手のポイントゲッターの走路をふさいだり、敵チームの次の動きを素早く察知して攻撃を食い止め、日本のトライに結びつけたり……頭脳的かつ献身的なプレーで、ディフェンス面で大いに貢献。1次リーグ初戦のフランス戦から重要な場面で起用され、3戦目の豪州戦も後半に出場。「守備職人」ぶりを発揮し、3戦全勝で1次リーグ突破に貢献した倉橋は、もはやチームに欠かせない存在になっています。
ここで、この競技をよくご存知ではない方のために、車いすラグビーのチーム編成について触れておきましょう。コートに立てるのは、1チーム4人です。選手には障害の度合いに応じて、重い順から0.5、1.0、1.5……3.5まで、0.5点刻みでそれぞれ「持ち点」が付いています。
通常は、4人の持ち点の合計が「8.0」以内に収まるようにチームを編成しないといけません。つまり、障害が軽く自在に動ける選手(=ハイポインター)を使いたければ、必然的に障害が重い選手(=ローポインター)も同時に使うことになります。その按配も、この競技の面白いところです。
倉橋は、かつてトランポリン選手時代に体勢を崩し、頭から落下。頸髄を損傷した影響で鎖骨から下の感覚がほとんどありません。肩と腕の一部だけが何とか動かせるという状態なので、持ち点は最も低い「0.5」の選手です。
ただし、女子選手が入った場合は、4人の持ち点の合計が「8.5」以内に拡大されるというルールがあり、倉橋をコートに入れると、彼女の持ち点は「0.5マイナス0.5」で実質ゼロに。つまり、残りの3人はハイポインター中心でチームを組むことが可能になるのです。
このルールを有効活用しようと、2017年、倉橋を日本代表に抜擢したのは、前回・2016年のリオパラリンピック後に指揮官に就任したケビン・オアーヘッドコーチ(以下HC)です。女子選手が日本代表入りしたのはこれが初めて。米国代表・カナダ代表も指揮した名将が、代表経験のない倉橋を抜擢したのは、持ち点のことだけではありません。試合展開を的確に読めるクレバーさと、屈強な相手にも負けじとぶつかって行く闘争心を買ってのことです。
倉橋が代表入りした2017年、ニッポン放送のパラスポーツ応援番組「ニッポンチャレンジドアスリート」の取材・構成も担当している筆者は、彼女にインタビューしたことがあります。「代表に抜擢されたことをどう思いますか?」という問いに、倉橋はこう答えました。
「『なんで?』という感じです。(国内の)試合もずっと出ていなかったので。でも『呼ばれたからには頑張るか』と思いました」
いい意味で気負いがないというか、あっけらかんとした感じで答えてくれた倉橋。トランポリンの事故で入院していたときも、見舞いに来た友人に「退院したら、何のスポーツができるかな?」と語っていたそうで、思考が根っからポジティブなのです。
関西育ち(神戸出身)ということもありキャラクターも明るく、インタビュー中、常に笑顔を絶やさないところも印象的でした。「生まれつきこういう顔なんで」と笑っていましたが、そんな明るさが、チームのムードを盛り上げていることは言うまでもありません。
2018年、オアーHCのもと、日本代表は世界選手権で初優勝。倉橋も代表として出場し、世界一メンバーの1人になりました。代表の一員に選ばれたからには、男女は関係ない。男子選手に負けないよう、陰で猛練習を重ね、技術を磨き、実戦で修羅場をくぐって、彼女のいまがあるのです。
男子選手に混じって、体を張って戦う倉橋選手の姿は、普段パラスポーツに興味のない層にも、強いインパクトを与えています。また、海外のスポーツマスコミも注目しているとか。前回のリオでは初の銅メダルを獲得した日本代表ですが、目標はあくまで「金」。表彰式で、いちばんいい色のメダルを首に掛けた、倉橋のとびっきりの笑顔が見たいと願っているのは筆者だけではありません。