それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
秋になると、昔の城跡が雲に浮かんだような風景が「天空の城」と呼ばれて、SNSを中心に話題になります。この「雲海」が見られるのは、たいてい早朝だけ。ハードルの高さから、雲海を見に行くことを「雲海チャレンジ」と呼ぶ人もいます。
それゆえ、頑張って早起きして絶景ポイントへたどり着いたのに、ただいい景色が広がるだけ……ということもしばしばです。
「雲海が出るかどうか、前もってわかればいいのに……」
そんな心の声に応えるような取り組みをしている男性がいます。埼玉県秩父市にお住まいの気象予報士・富田浩充さん、40歳。
富田さんは、『秩父の雲海予報』と題したツイッターを開設しています。ほぼ毎日、夜の9時過ぎに、明くる朝の「雲海発生確率」を発表しているのです。
富田さんはもともと秩父出身。幼少期は町のシンボル・武甲山を望む家の庭で、広い空に浮かぶ雲を眺めて育ちました。自然と「空」が大好きになったそうです。その後、大学進学に合わせて上京し、大手IT企業にシステムエンジニアとして就職。都心の住まいから会社へは、地下鉄での通勤となりました。
システムエンジニアは、IT企業のなかでも特に多忙を極める職種です。いつの間にか、終電で帰宅するのが当たり前に。東京のビルの谷間から見える狭い空すら、見上げる余裕はまったくありませんでした。
いまから10年前に富田さんは結婚。まだ世の中には東日本大震災の混乱が残り、不安が渦巻いていました。そんな折、ふるさと・秩父にいるお姉さんから、「秩父に帰って来ない? 市役所がシステムエンジニアを募集しているよ」という連絡が入ります。
一方、奥さんからは「あなた、赤ちゃんができたの」と告げられました。富田さんはふと、空が好きだった小さなころを思い出して決心します。
「秩父に帰ろう。わが子に秩父の広い空を見せて、のびのび育てよう」
十数年ぶりに、ふるさと・秩父での暮らしが始まった富田さんは、前にも増して「空」への興味が深くなりました。そこで、プライベートの時間を使い、1年かけて気象予報士の資格を取得。ちょうど兵庫県の竹田城跡や、北海道のトマムなどを皮切りに「雲海」が注目され始め、秩父でも市が動いてライブカメラが設置されたころでした。
「雲海」とは、正確に言うと「放射霧」あるいは「盆地霧」と呼ばれるものです。秩父のような、周りを山に囲まれた盆地で霧が発生した場合、少し標高の高い場所から眺めると、「雲海」のように見えるというわけです。
ただ、「雲海」はとても繊細。風速1メートル、頬をなでるくらいの風でも動いてしまい、風速2メートルですら難しい。朝日が差し込んで、気温が1度上がっただけでも消えてしまいます。雲海目当てで秩父へ来たのに見られず、がっかりして帰ったという観光客の声も聞かれるようになりました。
「せっかく秩父に興味を持ってもらえたのに、残念な気持ちになる人を少しでも減らすことはできないだろうか?」
そう考えた富田さんは気象予報士の資格を活かし、気温や湿度、風速などのデータをもとに、独自に雲海発生確率の計算式を割り出します。「秩父の雲海予報」というツイッターを、2017年からひっそりと個人で始めました。
予報の精度が上がるにつれ、富田さんが発信する情報をもとに出かける人も増加。反響も次第に大きくなり、仕事仲間の間でも知られるようになりました。いまでは秩父を走る大手鉄道会社のホームページにも、お出かけの「参考情報」としてリンクが貼られるようになっています。
富田さんによると、発生しやすい条件は3つあるそうです。1つ目は、前日の日中に雨が降っていること。2つ目は、夜に雲が消えて晴れていること。3つ目は、朝に風がないこと。この3つの条件が揃えば、7~8割方は「雲海」が発生すると言います。
きれいに見えるかどうかについては、もう1つ条件があります。それは朝「晴れている」こと。今年(2021年)もこれまで80日ほど「雲海」が発生していますが、曇りの日も多いのだそうです。
いまは秩父で4人の子育てに奮闘する富田さん。雲海発生確率を発表する午後9時ごろは、お子さんを寝かしつける時間と重なります。
最近、嬉しいことがありました。秩父に帰るきっかけとなったいちばん上のお子さんが、「気象予報士になりたい」と言ってくれたのです。雲海の発生を予想する気象予報士の素顔は、けさも曇りなく晴れ渡っています。
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