若きゴダイメ七宝職人~「太田ゆうき」の芸名でアーティスト活動も
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それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
緊急事態宣言は、東京・両国国技館の館内やロビーだけでなく、土俵の上にまで暗い影響をもたらしました。「感染者及び濃厚接触者」として、4部屋・65人の力士が休場。横綱・白鵬がコロナに感染、腰が完治しない鶴竜の両横綱も休みとなりました。
何か日本中に、重苦しい気分がたれこめているような感じです。こういう雰囲気を断ち切って気分転換を図りたいときは、日本古来の伝統に触れるといいそうです。
例えば、「鬼」と書いた的を射抜く弓神事は全国にあります。花やお茶で心を通わせ、精神を研ぎ澄ます華道や茶道も効き目がある。日本刀、焼き物、漆器などの伝統工芸に没頭するのもいい。何かたしなんでみたいとは思いますが、凡人にはなかなか難しいものです。
さて、日本の伝統工芸「七宝焼き」は、そのルーツを古代エジプトに発します。金・銀・銅・青銅などの金属にクリスタルガラスを焼き付け、金や銀で絵柄を描く技法は、シルクロードを通って中国に、そして日本に伝わったと言います。
もともと器用な日本人は、その技法を壺や額、皿、室内装飾、照明器具、生活用品、表札、アクセサリーなど、さまざまな美術宝飾品に活かし、発展させて来ました。
愛知県あま市・七宝町には、明治時代だと200軒以上の七宝焼きの窯があったそうですが、いまは8軒を残すのみ……。
明治16年創業『田村七宝工芸』は、4代目・田村丈雅さんが当主。その長女・田村有紀さんは、七宝町で最も若い職人さんです。
「母の美由紀も七宝焼きの作家なんです。私は小さいころから両親の仕事場で育ちました。その手から魔法のように生まれる作品に囲まれていました。壁には3代目の祖父の落書きの上に描いた、4代目の父の落書きが残っていたりするんです。私はそんな仕事場が大好きで、七宝焼きの歴史と息づかいをなくしたくないと思い、5代目を名乗ったのです。ただし、4代目当主の父はまだ健在ですから、私の肩書はカタカナで『ゴダイメ』と書くんです」と、有紀さんは笑います。
「どんな小さなグループにも、有紀ちゃんの名前と笑顔がありましたよ」
幼稚園の先生がそう証言するほど、明るく活発だった田村有紀さん。ところが、その性格は時として羨望と妬みの標的になります。
「陰湿な嫌がらせやいじめが始まったんです。自分の考えを言うと自分勝手、何も言わないとずるい子と言われました。『死ね!』と言われても、原因がわかりませんでした。考えても考えてもわからなくて苦しかった。自分の脳に『脳よ、止まれ!』と言いました」と振り返る有紀さん。
芸能人のようなルックスで男子たちに人気があったことも、同世代の女の子たちにとっては許せないことだったようです。
「そのうち、自分の脳に『止まれ!』と言ったら、本当に止まってしまったんです。目が見えにくくなり、耳も聞こえなくなって、漢字が書けなくなったんです」
恐ろしい孤独の闇に閉じ込められてしまった中学・高校時代。唯一の救いは、「東京の大学へ行って環境も変われば、友だちもたくさんできるよ!」という両親の励ましだったと言います。
その声にすがるように、武蔵野美術大学に進学した有紀さんは、水を得た魚のように友だちづくりに励みました。「お前は変だ」「変わっている」と言われた部分さえ長所として受けとめてもらえて、友だちが100人もできたと言います。
「上京して間もなくのことでした。表参道の美容院へ行った帰り道で、スカウトされたんです。そして1年間のレッスンを受けたあと、『太田ゆうき』という名前で、年間200本のライブ活動を展開しました。頭の知能指数(IQ)よりも、心の知能指数(EQ)を大切に、という事務所のコンセプトにも共感が持てたんです」
美大生のアーティスト、アーティストの美大生。こんな表舞台のかたわら、有紀さんの心をとらえて放さなかったのは、七宝焼きへの情熱でした。
「だって最初の作品は、小学校時代の自由研究だったんですよ。大学時代にも七宝作家協会展への出品を続けていました」
こんな自由奔放な娘に「やれ!」でも「やめろ!」でもなく、ただ黙って見つめていてくれた4代目当主の父、そして当主に寄り添う母。2008年に武蔵野美術大学を卒業した有紀さんは、2015年、七宝焼職人としての本格活動をスタートします。
「いい風が吹いて来た、田んぼの水がきれい、料理がうまくできた……身の周りにあるすべてのことが、私の七宝焼きのモチーフになるんです。きょうも『あなたの作品から元気をもらえました。作品に込められたエネルギーを感じます』と、お客様に言われました。ものすごくうれしくて!」と、声を弾ませる有紀さん。
自分で作詞した七宝焼きのテーマソング『熱量のアイリス』は、YouTubeや各音楽配信サイトで聴くことができます。
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