山梨放火殺人事件、19歳少年の実名報道 ~19歳は保護すべきか否か

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ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」(10月25日放送)に中央大学法科大学院教授で弁護士の野村修也が出演。山梨放火殺人事件で逮捕された19歳の少年を週刊新潮が実名報道したニュースについて解説した。

山梨放火殺人事件、19歳少年の実名報道 ~19歳は保護すべきか否か

甲府市の住宅が全焼し、住人の夫婦とみられる2人の遺体が見つかった放火事件で、鎮火後も煙が出る焼失現場=2021年10月12日、甲府市蓬沢 写真提供:産経新聞社

山梨放火殺人事件、逮捕された19歳少年を実名報道

10月12日、山梨県甲府市で住宅が放火され、焼け跡から住人の夫婦の遺体が発見された事件で、21日に発売された「週刊新潮」が、夫婦の次女に対する障害容疑で逮捕された19歳の少年の実名と顔写真を掲載した。山梨県弁護士会の会長は、「明らかに少年法に反するもので、断じて許容できない」と抗議する談話を発表している。

飯田)亡くなった住人夫婦の長女と少年は面識があるということで、自宅については家の場所を調べたと。「長女に好意を抱いていたが、思い通りに行かなかった」という趣旨の供述をし、また、夫婦を刺したことも認める供述をしたと報じられています。

現行では20歳未満が犯した罪については実名報道をしてはいけない ~他方では社会を守るための国民の知る権利も

野村)現行の少年法では、61条という条文があり、20歳に満たないときに犯した罪については、実名報道をしてはいけないということになっています。ですので弁護士会としては、「今回の報道はおかしいのではないか」と言っているのです。

飯田)弁護士会としては。

野村)他方で、国民の知る権利というものもあり、犯罪に対して「どのように社会を守って行けばいいのか」ということを考えたときに、「正しい事実を知った上で社会防衛につなげて行く」というニーズもある。そうなったときに、少年たちの実名報道をどうするのかということが、大きな問題となるのです。

飯田)国民の知る権利として。

野村)「それほど守る必要があるのか」ということも、もちろんあります。少年の将来のことを考えれば、更生して行く上で「名前が晒されてずっと残るということは、将来の可能性を狭めてしまう」ということへの配慮もあり、バランスの問題なのです。

改正された少年法の法制審議会でも議論が対立

野村)ご存知の通り、少年法は最近改正され、基本的には18歳が成人の年齢だということになりました。少年についても未成年なので、18歳未満に従来の少年法を適用すればよくて、18歳、19歳は大人と一緒でもいいのではないかという意見が多くあった。他方で、いままで通り20歳に満たないものに対しては、少年として扱って保護するべきだという意見もあり、法制審議会でも議論が対立しました。

特定少年 ~少年法の適用はするけれども、大人に近い扱いをする

野村)結果どうなったのかと言うと、18歳、19歳は「特定少年」という特別なカテゴリーを設けて、「少年法の適用はするけれども、大人に近い扱いをする」という、非常にわかりにくい対応になったのです。これまでも家庭裁判所において、「大人と同じ犯罪扱いをするべきだ」と判断された場合、検察官の方に事件を移さなければなりませんでした。今回のように人を死亡させるような事件については、従来の少年法であっても、検察に行って通常の刑事裁判を受けるという事例なのです。

山梨放火殺人事件、19歳少年の実名報道 ~19歳は保護すべきか否か

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改正法では、起訴された時点で実名報道が解禁になる

野村)そのようなことを、もう少し軽い犯罪についても、18歳、19歳の特定少年に関しては、検察官に送って大人と同じ処罰の仕方をしようという話になったのです。今回、問題になっている実名報道に関しては、「起訴されたら公表してもいいのだ」と。起訴されるまでの間は、不起訴になる可能性もあるので、その前に晒されてしまうと更生の機会を失いかねません。しかし起訴されたとなれば、社会としてそれを防衛する上でも、「正しい情報をみんなで共有するべきだ」という考え方から、「起訴された場合には公表しましょう」という話になったということです。

飯田)改正少年法のなかでは。

野村)改正は2022年4月1日から施行されるのですが、それ以降に起こった事件では、いまはまだ実名報道されませんが、起訴された場合は解禁になって、今回の週刊誌のような報道が一般的に行われるのです。

2022年4月以前に起訴されている ~週刊新潮の勇み足か

飯田)容疑者段階では名前は出ない。起訴されて被告というところで実名報道に切り替わる。

野村)この法律は、いまはまだ施行されていませんが、2022年4月1日に施行されます。それ以降に起訴された少年については、「施行よりも前に犯罪を犯した場合についても、適用対象になる」ということが附則に書いてあるのです。この事件もずっと時間が経って、2022年4月1日以降に起訴されていれば、実名報道の対象になるということなのです。ですので、いいだろうと思って実名報道をしたのだと思いますが、普通に考えれば、2022年4月前に起訴されるということは、通常の状況です。

飯田)勾留期間の問題もありますよね。

野村)そう考えると、勇み足かなという感じはあります。

飯田)週刊新潮編集部は、「犯行の計画性や結果の重大性に鑑み、容疑者が19歳の少年といえども実像に迫る報道を行うことが常識的に妥当だと判断した」とコメントしています。

改正以前の過去にも実名報道をして来た経緯もある

野村)過去にもいくつかの事件で、61条はまだ改正されていないけれども、実名報道をして来た経緯もあるのです。いまおっしゃったような、社会的に大きな影響力のあるものはみんなで知って、みんなで問題を共有し、「社会のなかでその問題と向き合って行かなければいけないものについては、リスクを冒しても実名報道をするのだ」という姿勢を取っています。今回の事件を見たときに、それと同等かどうかということも考えなければいけません。

飯田)かつて綾瀬で起きた女子高生コンクリート詰め殺人事件など、「野獣に人権はない」というような事件もありました。

野村)社会を守って行くという上で、このような事件が起こることを警戒し、自分たちが社会を防衛できるようにする。あるいは、このような人たちを出さないようにするにはどうすればいいのか。実名報道が「本当に必要だったのかどうか」ということは、考えて行かなければいけないと思います。

ネットで間違った実名を出さないためにも、正しい情報を出すことも大切

飯田)「被害者は実名も出て、人となりもすべて報道されてしまうのに、加害者に関しては守られ過ぎてはいないか」という議論も他方にはありますよね。

野村)あります。それと、実名を出さないのでネットで間違った情報が出てしまったこともありました。

飯田)「こいつが犯人だ」と言って、他人の写真が晒されたりすることが最近ではありますよね。

野村)ネットに1回でも晒されると消えません。検索されると一生涯、間違った人が写真入りで「この人が犯人です」という情報が出てしまうのです。それを防ぐための方策として、きちんとした客観的な情報が出ていれば、余計な被害者を出さずに済むという点もあります。興味本位でいろいろな人たちが人の名前を晒すことに比べれば、しっかりとした取材で裏取りした人が、正しい情報を出すということが大事だという側面もあるのです。

山梨放火殺人事件、19歳少年の実名報道 ~19歳は保護すべきか否か

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18歳、19歳が守るべき対象か、大人として扱うべき対象か

飯田)法制審議会でも議論が分かれたとおっしゃいましたが、この種の論点がいろいろと投じられて、一方で反論もあったということですか?

野村)そうです。少年法はまったくいらない法律かと言われれば、そのようなことはありません。少年のなかには、幼くてまだ分別がないということで、「大人になっていたらやらなかっただろう」ということをやってしまった人もいます。その人はもちろん、将来に渡って一生それを十字架として背負わなければならないのですが、「立ち直るチャンスが少年にあってもいいのではないか」という発想のもとにあるのです。

飯田)少年法が。

野村)高校生ぐらいの年齢を考えると、世のなかのことがまだわからない、やんちゃな意識が強い、そのような子どもたちがやってしまった罪はあると思うのです。ただ問題は、18歳、19歳という年齢について、私たちのいまの社会のなかで本当に守るべき対象なのか、大人として扱うべき対象なのか。その評価が人によって分かれるということです。

飯田)守るべき対象か、大人として扱うべきか。

野村)それと、先程出たような、社会防衛の必要性やいまのネット社会における二次被害などを総合的に考えると、「むしろ正しい情報をきちんと出した方がいいのではないか」という意見も多くあります。

裁判所も「損害賠償を払うほどの違法性はない」とあいまいな判断

飯田)今後も含めて、これで終わるような話ではないですよね。

野村)ないですね。ただ、61条については、本当は禁止条項なのです。配慮しなければいけないという条項ではありません。ですので、従来のやり方で出すというのは明確な法令違反です。ところが、裁判所もそれに関する損害賠償の責任を求めた事件のなかで、「損害賠償を払うほどの違法性はない」というようなことを言ってしまっているところもあり、何となく必要性と公表された人の利益を秤にかけているようなところもあります。絶対的な禁止であれば秤はないはずです。

飯田)そうですね。やってはいけないと。

改正後、どのような解釈になるのか ~起訴される前でも必要性があれば公表してもいいとなるのか

野村)やってしまったらアウト、というところなのですが、そうなってしまっていることがわかりにくくしている側面でもあるのです。今回の出版社の方が言っているように、必要性が強いということで、自分たちは確信を持ち、リスクを取ってやっているのだ、社会のためだ、という意見が出て来る。その意見が改正後の61条で、また同じ議論になるのかどうかです。改正して、「起訴されたら公表できるようにしたでしょう。だったらそのルールを厳格に守ってください」という方向に行くのか、それとも、「起訴される前でも必要性があれば公表してもいいですよ」という話になるのか。改正後、改正をどのように受け止めるのかによって、解釈が分かれるのかなという気はします。

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