女性初の米国務長官 オルブライト氏 死去 クリントン政権 リベラルの象徴

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ニッポン放送「飯田浩二のOK! Cozy up!」(3月25日放送)に外交評論家で内閣官房参与の宮家邦彦が出演。女性初の米国務長官マドレーン・オルブライト氏について解説した。

マドレーン・オルブライト元米国務長官 AFP=時事 写真提供:時事通信

アメリカ初の女性国務長官として知られるマドレーン・オルブライトさんが亡くなった。84歳だった。1937年、旧チェコスロバキアの首都プラハのユダヤ人家庭に生まれたオルブライト氏はナチスドイツの侵攻を逃れイギリスに渡ったあと、11歳で政治難民としてアメリカに移住。ビル・クリントン政権では1997年から2001年に国務長官を務めた。

飯田)アメリカ女性初の国務長官就任という。

宮家)典型的な民主党の、当時の主流のリベラルの外交専門家ですよね。彼女は確かジョージタウンに自宅があって、そこをサロンみたいにしてね、民主党系の政治家をどんどん呼んで、学者としてどの程度業績があったかは知らないけれど、政治的には非常に活発に動いていた人ですね。それでクリントン政権が1993年にできた時、私、そのときたまたまワシントンにいたのでよく覚えていますが、ついに女性の国務長官が出たのです。確かに彼女は女性初の国務長官ではあったけれども果たして学者としてどうだったかという人もいるし、チェコスロバキア出身でユダヤ系ということですから人権意識は非常に強い、弱いものを守るというのは典型的な民主党政治家の当時の主流でしたから。そうなるとヨーロッパ問題には強いのですよ、コソボの問題では大活躍するのだけれども、しかしアジアをどこまで知っているのだろう・・・、というのは前から気になっていたのですがね。たまたま何年か前にワシントンに行ったときに、アジア各国の専門家がみんなで民主党要人に会いに行ったときに、彼女が出てきたのですね。そのときは韓国の人もいて、アジア外交の関係者もいて、もちろん日本人もいたのだけれども、とにかく彼女は日本には厳しいのですよ、あのときは。そのときの虫の居所が悪かったのか私にはよくわからないけれど、よく考えてみたら、この人は国務長官として北朝鮮にふらっと行ってしまう人だしね。

飯田)そうでしたよね。

宮家)そういう意味では、何をやっていたのだろうと前から思っていたのだけど、実際に会ってみて、やっぱりこういう感じかと思った印象が強く残っています。ただ全体としては民主党のなかで、国務長官に女性で初めてなって、女性政治家として先頭を切っている人でしたから。そのあとヒラリーさんもなったし、その前にはコンドリーザ・ライスさんもなりましたよね。日本にも女性の外相はいらっしゃるわけですけれども。やはり女性の外交官のトップというのも男性とは違う味があるものですから、なかなかいいと思います。やはり、オルブライトさんというとクリントン政権を思い出しますよね。

飯田)リベラルホーク、リベラルタカ派、介入主義、人権のために、という。しかし北朝鮮や朝鮮半島の人たちの人権についてはどうだったのかというと、ビル・クリントン政権はジャパンパッシングと、日本を軽視していたのではというイメージがありましたね。

宮家)そこもちょっと言いすぎの部分はあるのですが、当時の90年代というのは冷戦が終わってアメリカ一人勝ちの時代ですよね。中国がまだ台頭してきていないわけだから、アメリカの発想としては、中国はまあいいとして、ソ連もなくなったわけだから、「人権」「人権」と言ったのかもしれないですね。けれども、もしいま彼女が国務長官になったとしたら、北朝鮮にはもっと厳しかったでしょうね。おそらく違うことを言ったと思うのですが、やはり当時は時代が時代であったということです。

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