「硫黄島の視察の際、突然、滑走路に跪き手を合わせた安倍元総理」前統合幕僚長・河野克俊氏が語る

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前統合幕僚長の河野克俊氏が7月12日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。7月8日、街頭演説中に狙撃され、亡くなった安倍晋三元総理について語った。

遺骨収容現場で遺骨に手を合わせる安倍晋三首相(前列左から2人目)。左は新藤義孝総務相=2013年4月14日午前11時34分、硫黄島 写真提供:産経新聞社

海上幕僚長時代からの付き合い

飯田)まず一報をお聞きになって、どのようなお気持ちになりましたか?

河野)すごくショックで、「助かっていただきたい」とずっと願っていたのですが、このようなことになって重ね重ね、残念に思っています。

飯田)河野さんと安倍元総理大臣とのお付き合いのなかで、安倍さんはどのような方でしたか?

河野)私は統合幕僚長を務める前は、海上幕僚長という海上自衛隊のトップも務めていましたので、公的な上下関係という意味でも6年近くお仕えしたということになります。

飯田)では、海幕長の時代から安倍さんとはお付き合いがあった。

河野)そうですね。

「自衛隊がいま何をしているのか」を常に頭に入れて防衛・安全保障の政策を考えていた安倍元総理

飯田)内閣総理大臣は、自衛隊の最高指揮官でもありますよね。

河野)最高指揮官です。

飯田)どのような指揮官でいらっしゃいましたか?

河野)安倍さんが総理になられて、統合幕僚長のときは毎週のように報告に上がっていました。主として「自衛隊がいまどのような動きをしているのか」ということについて報告していたのですが、自衛隊がいま何をしているのかということを常に頭に入れて、防衛・安全保障の政策を考えておられた総理だったと思います。

自分がコントロールするためには、自衛隊の近くにいなければならない

飯田)外交や安全保障を行う上で、欠けてはいけないことではあったのですが、かつては総理官邸と市ヶ谷の自衛隊との距離は、ここまで近くなかった時代もありましたか?

河野)「シビリアンコントロール」とよく言います。かつては、「政治と制服組の自衛隊の距離を遠ざけること」がシビリアンコントロールだという考え方もありました。

飯田)距離を遠ざけることが。

河野)それが安倍政権になり、「そうではない。自分がコントロールするということは、近くにいなければならない」という考え方になりました。政治と自衛隊、特に制服組との距離が縮まったのは、安倍元総理のお考えのもとでシビリアンコントロールを実践されたからだと思います。

飯田)軍事の情報をきちんと頭に入れた上で指揮していくということは、世界的に見ても当たり前のことなのでしょうか?

経済アナリスト ジョセフ・クラフト)当然のことです。大統領は軍を直接指揮するわけですので、日々、軍の状況を把握しておかないと、「いざ有事」というときに何もできない。「より近くにいなければいけない」というのは当然のことだと思います。

飯田)つまり安倍さんによって、ようやく世界水準に達したということでしょうか?

河野)私はそのように感じました。

安倍政権になり、初めて制服自衛官が官邸に入れるようになった

飯田)かつては制服で官邸に出入りすることも難しかったと聞きましたが?

河野)難しかったですね。安倍政権になってから、私も含めて制服自衛官が官邸に行けるようになったことは事実だと思います。

硫黄島の視察の際、突然滑走路に跪き手を合わせた

飯田)一方で、安倍元総理は、先の大戦で散華された方々に対する哀悼についても、心を砕いている部分がありました。その辺りで河野さんが目の当たりにした出来事はありましたか?

河野)私が海上幕僚長だった時代、安倍元総理が2013年に硫黄島を視察されました。硫黄島は海上自衛隊が管理しているので、当時、海上幕僚長だった私がお出迎えしました。最後にお見送りをするときに、飛行機でお帰りになるので、滑走路を通過して行かれます。私もまったく予期していなかったのですが、突然、安倍元総理が滑走路に跪き、手を合わされたのです。

飯田)滑走路に。

河野)私も恥ずかしながら突然のことで、どのように対応していいのかわかりませんでした。滑走路の下にも多くのご遺骨が眠っているのですが、そのことを安倍元総理はご存知で、自然とそのような行動に出られたのだと思います。その行動を見て、本当に「戦没者に対する哀悼の念が深い方だな」と心底思いました。

飯田)映画にもなりましたが、日米双方の将兵が眠っているということで、合同慰霊祭を必ず行うところですよね。

河野)おそらく日米双方の御慰霊に対して敬意を表されたのだと思います。

2019年9月17日、挨拶する安倍総理~出典:首相官邸HPより(https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/actions/201909/17jieitai_konshinkai.html)

災害の際には、最前線の状況の報告を受け、激励する現場重視の最高指揮官だった

飯田)安倍元総理は2次政権での7年8ヵ月の任期のなかでも、さまざまな形で三自衛隊と関わりがありました。災害のたびに河野さんも現場に行かれて、総理とともに行くような場面もありました。有事に際しての安倍さんの行動については、どのようにご覧になっていましたか?

河野)現場重視の方で、大きな災害のあとは必ず視察に行かれていました。もちろん、被災者を激励するのですが、救援活動に当たっている自衛隊や警察、消防の方々から最前線の状況報告を受け、激励するという現場重視の最高指揮官だったと感じています。

飯田)法律や憲法改正までには至りませんでしたが、自衛隊をどのように位置付けるかということにも心を砕いていらっしゃったと思います。その辺りはいかがでしょうか?

河野)自衛隊の9条への明記を言われたのは安倍元総理です。安倍元総理としては、多くの賛同を得なくてはいけないということで、9条に自衛隊を明記し、違憲論をまずなくそうという意図だったのだと、私は近くで見ていて思いました。

平時から米軍の飛行機や船を自衛隊が護衛できるように ~「日本は変わった」と米軍からは感謝された

飯田)集団的自衛権等々、安全保障法制も整備しました。この辺りは統幕長のお立場だと、海外の軍同士の交流もさまざまあったと思いますが、外からの評価はいかがでしたか?

河野)日米同盟という観点からは、限定的な集団的自衛権の行使と、米軍の飛行機や船を平時から護衛できるということになりました。特に、平時から米軍の船や飛行機を自衛隊が護衛できるようになったことについては、現時点で目に見える状況であり、米軍から「本当に日本は変わった」と感謝されました。限定的な集団的自衛権については有事を想定していますので、これは現時点では見えません。

飯田)やはり、きちんと日米がともにやっているということを見せる。

河野)そうですね。

飯田)いわゆる抑止力の部分でも大きいということですか?

河野)これだけ日米が緊密だということになれば、当然、抑止力は高まると思います。

同じ昭和29年生まれとして

飯田)河野さんご自身は、安倍元総理と同い年でいらっしゃいますよね?

河野)そうですね。

飯田)そういう部分で通じ合うことはありましたか?

河野)ありましたね。同じ時代を見てきたということと、我々は昭和29年生まれなのですが、その前にいるのは団塊の世代の方々です。その方々は学生運動など、激しい運動をされた世代の方々が多いのです。我々の世代は、その残滓も残ってはいましたが、少し冷静に見出した世代ではないかと解釈しています。そのようなところで安倍元総理と私の見方は相通じるのではないかと、自分勝手ではありますが、そのように思っています。

自衛隊を代表して「本当にありがとうございました」と申し上げたい

飯田)最後に、もし元総理にかける言葉があるとすれば、河野さんはどのようなお言葉をかけられますか?

河野)「本当にありがとうございました」ということです。

飯田)自衛隊などへの貢献なども含めて。

河野)自衛隊を代表して、「本当にありがとうございました」という言葉を申し上げたいです。

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