日本で培養肉の産業を育成するために必要な「日本に有利なルールづくり」

By -  公開:  更新:

東京大学先端科学技術研究センター特任講師の井形彬が2月27日、ニッポン放送「新行市佳のOK! Cozy up!」に出演。細胞農業について解説した。

日本で培養肉の産業を育成するために必要な「日本に有利なルールづくり」

中国のスタートアップ企業、細胞培養肉の試食イベント開催(上海=新華社配信)= 配信日: 2021年9月11日 新華社/共同通信イメージズ

岸田総理大臣、培養肉の産業育成に意欲

岸田総理大臣は2月22日、肉や魚の細胞を培養して育てる「細胞農業」の産業育成に乗り出す考えを示した。安全確保の取り組みを進め、表示ルールを整備するなど、「新たな市場をつくり出すための環境整備を進める」と述べた。

生きた動物の細胞から肉をつくる細胞農業

新行)細胞農業とはどういうものか教えていただけますか?

井形)細胞農業は、生きた動物から細胞を少し取り、それを培養液と呼ばれるアミノ酸や糖分など、細胞が増えるために必要なものが入った液体のなかに入れます。

新行)細胞の一部を。

井形)ビールをつくるときのように「バイオリアクター」という筒のなかでグルグル回すと、細胞が培養液から栄養を摂って大きくなり、肉ができる。……プロセスとしてはそのようなものです。

新行)細胞農業が注目を集めたきっかけは何だったのでしょうか?

井形)伝統的な畜産でつくる牛や豚などに関して、よく言われる話ですが、牛の「ゲップ」でオゾン層が破壊されているのではないか。また、広大な土地を使っているのは問題だというようなことが言われます。

環境負荷を減らせたり、サプライチェーンの供給網を考えなくてもいい

井形)また、牛や豚が食べる穀物に使っている水の量を考えると、人の食べる穀物に使った方が多くの人がご飯を食べられていいのではないかなど、環境面での話もありました。

新行)環境面で。

井形)ロシアによるウクライナ侵攻でも、サプライチェーンに影響が出て食料の安定供給ができなくなる可能性など、さまざまな社会課題があります。

新行)なるほど。

井形)そんななかで、新しい細胞農業の技術が注目されています。まずは環境負荷を減らしたなかで同じ肉を生産できるということと、つくる場合には小さな工場があれば肉ができてしまうので、サプライチェーンの供給網を考えなくても、ローカルでつくってローカルで食べることができてしまう。食料安全保障にも寄与するということで注目されています。

既に細胞性のチキンナゲットが売られているシンガポール

新行)実際につくっている場所に行って、食べたことはあるのですか?

井形)私は「細胞農業研究機構」の理事を務めており、その関係で食べたこともあります。実はシンガポールでは既に売っているのですよ。

新行)売っているのですか?

井形)細胞性のチキンナゲットなどが売られています。

生産量は少ないが、安全性と味には問題がない

新行)買えるのですか?

井形)買えますし、レストランでも使われています。ただ、まだ生産量が少ないので、「毎週水曜日のこの時間だけ販売」というように限定的ではありますが。

新行)限定的ではあるけれど。

井形)普通に美味しく、「胸肉のチキンだな」という感じでした。本物と変わらないことは確認できていますし、アメリカでは2022年12月ごろ、政府が「安全性に関して疑義がない」と発表しています。

新行)アメリカ政府が。

井形)あとは、売るまでにどういうラベルで、どういう名前で売るか。また、それをつくる工場の安全性を認可しなければいけないなど、ステップがいくつか残っているのですが、とりあえず「食品自体に関しては安全だ」というメッセージが発せられたのです。

細胞性チョコもつくられている

井形)アメリカでは、いろいろなところが技術開発を進めています。売られてはいないけれど「試食ならいい」というところが多かったので、培養したサーモンの寿司も食べてきました。

新行)どうでしたか?

井形)美味しかったです。見た目もつやつやで本物っぽいのです。ただ、魚臭さが足りませんでした。

新行)なるほど。

井形)そう言ったら、アメリカで開発している人たちは、「私たちは魚臭いのが嫌だからあえて消したのだ」と言っていました。「本当かな」と思いつつも美味しかったです。

新行)魚臭さはなかったけれど。

井形)あとは豚です。ベーコン、ソーセージ、ミートボールは本当に美味しかったですね。チキンはシンガポールで食べました。細胞性食品は細胞であれば何でもできてしまうので、カカオの細胞を培養して増やし、砂糖と一緒に入れてつくった「細胞性チョコ」も食べました。これも普通のチョコと同じで、美味しかったです。

日本でもフォアグラの試食が行われる ~今後、日本でも培養肉の産業育成を進める

新行)いろいろ進んでいますけれども、日本では現在どうなのですか?

井形)日本では先日、細胞性のフォアグラが初めて試食されました。一般の人は食べられませんが、開発に携わった人は試食していいことになっていて、メディアを入れて公開されました。

新行)メディアを入れて。

井形)ミシュランスターを持っているシェフの方と連携しながら料理をつくっている日本料理店もありますが、まだ一般的な試食はできませんし、売ることもできません。今回のニュースはそういう状況を受けて、「日本も頑張ります」ということを岸田総理が言ってくれたのだと認識しています。

日本で培養肉の産業を育成するために必要な「日本に有利なルールづくり」

※画像はイメージです

日本国内でのルールづくりが必要 ~安全が証明されたものしか売ってはいけない

新行)今後、日本が細胞農業を進めるにあたって、必要になることは何でしょうか?

井形)重要なのは「日本国内でどういうルールをつくっていくか」だと思います。私は食べられる立場であり、味も美味しく、技術についてもわかっているつもりなので「危ない理由はない」と理解していますが、一般的な消費者からすると、口のなかに入れるものに関して「本当に大丈夫なのか」と感じる人が多いと思います。

新行)そうですね。

井形)客観的に「安全である」と示せるようなデータを集めて、かつ「本当に安全だとわかっているものだけしか売ってはいけない」というルールをつくることが重要になります。

新行)安全面でのルールづくり。

名称をどうするか ~天然なのか細胞性なのかを消費者が区別できるような名前が必要

井形)あとは、何と呼ぶかですね。いまは「細胞性食品」と呼ばれていますが、伝統的につくられたものとまったく違う名前で呼ばれてしまうと、例えば海老アレルギーのある人がわからずに食べてしまい、アレルギー反応が出てしまう可能性もあります。

新行)海老の細胞性食品だとわからずに。

井形)ですので、同じ「海老」という名前はつけないといけないけれど、天然の海老なのか、養殖または細胞性なのか、消費者が区別できるような名前が必要になってきます。

新行)そうですね。

井形)おそらく「細胞性○○」で今後は統一されていくと思いますが、名称に関するルールをつくることも必要です。

各国に比べ日本だけ、補助金があまり付いていない ~日本企業が負けてしまう可能性も

井形)他国では政府がお金を付け始めています。金になるし、食料安保にもなる。また、環境にとってもいいなど、さまざまな理由でお金を付けているなかで、日本だけ補助金があまり付いていない状況です。このままでは他国の企業の研究開発が進み、コストが下がっていき、最終的に日本企業が負けてしまう可能性もあります。

新行)日本企業が負けてしまう。

井形)日本で売られるものが海外でつくられた細胞性食品だけになってしまうのは、残念だと思います。補助金も付いてくるといいなと思います。

日本にとって有利なルールづくりをしなければならない

新行)その上で、今後は国際的なルールづくりも行われていくのですよね?

井形)既に始まっています。アメリカのなかでも、そういうグループができていますし、ヨーロッパでも細胞性食品の団体ができています。日本では、私が理事をやらせていただいている「細胞農業研究機構」が国内でのルール形成を行うと同時に、「日本でつくったルールを国際標準にしていくべきだ」ということで、私も先日、韓国に行きました。韓国の細胞性食品の団体と一緒に、「早いうちに我々でルールのすり合わせをしていきましょう」という話し合いを始めているところです。

新行)日本にとって不利なルールになってしまうと困るということですか?

井形)その通りです。日本にとって有利なルールをつくっていく必要があります。

新行)有利になるルールを。

井形)現時点で商品として売っているのはシンガポールだけなので、まだルール形成の余地があります。その意味でも、できるだけ早く動くべきであり、いま頑張っているところです。

日本にとって有利なルールとは ~「メイド・イン・ジャパン」を国際基準に広げる

新行)「日本にとって有利なルール」とは、どういうルールですか?

井形)「メイド・イン・ジャパン」と言うと、どの国も安心すると思うのです。日本の安全基準の高さを、他国に対しても広げていくことは有利になると思います。

新行)日本の安全基準のよさを。

井形)逆に「安全基準が低くてもいい」という認識がグローバルスタンダードになってしまうと、日本でつくったものだけが安全性を証明するためのコストが掛かってしまう。その上、他国の商品と同じくらいの安全性に見られてしまうと、不利になってしまいます。

新行)コストが掛かっている上に、安全性も同じだと思われてしまうと。

井形)むしろ、日本でつくられて、日本政府が「大丈夫だと言うくらい安全なのだ」というルールを広げていけば、日本にとってプラスになると思います。

新行)なるほど。

井形)あとはブランドです。例えば神戸牛の細胞からつくったものを「細胞性の神戸牛だ」とする。既に海外で「細胞性の和牛を研究開発している」と言って、投資を呼び込もうとしているところも出てきています。「勝手に和牛という言葉を使わないでください」というようなルール形成も、日本が不利にならないように進めていく必要があると思います。

番組情報

飯田浩司のOK! Cozy up!

FM93/AM1242ニッポン放送 月-金 6:00-8:00

番組HP

忙しい現代人の朝に最適な情報をお送りするニュース情報番組。多彩なコメンテーターと朝から熱いディスカッション!ニュースに対するあなたのご意見(リスナーズオピニオン)をお待ちしています。

Page top