追悼・坂本龍一さん 「芸術は長く、人生は短し」
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【Tokyo cinema cloud X by 八雲ふみね 第1112回】
シネマアナリストの八雲ふみねが、いま、観るべき映画・ドラマを発信する「Tokyo cinema cloud X(トーキョー シネマ クラウド エックス)」。
4月2日、音楽家の坂本龍一さんが3月28日に死去されていたことが明らかとなりました。YMOでともに活躍した高橋幸宏さんの死去から、わずか3ヵ月。坂本さんの訃報は海外メディアでも速報として取り上げられ、世界中から追悼のコメントが相次いでいます。
そこで今回は、坂本龍一さんが手がけた映画音楽、そして出演作を軸に、その功績を振り返ります。
『戦場のメリークリスマス』 ~演技を超えた名演、そして映画音楽との出会い
1978年、細野晴臣さん、高橋幸宏さんとともに「イエロー・マジック・オーケストラ」(YMO)を結成。コンピューターやシンセサイザーなど、当時最先端のテクノロジーを融合させた斬新な音楽性で“テクノポップ”というジャンルを確立。
国内外で人気を博し、多くのアーティストやリスナーに影響を与えた坂本龍一さん。音楽家としての活躍はもちろんのこと、俳優としても独特の個性で存在感を放っていました。
坂本龍一さんにとって映画初出演作となったのが、大島渚監督の名作『戦場のメリークリスマス』。デヴィッド・ボウイ、坂本龍一、ビートたけし。いまとなっては豪華すぎるキャスティングが取りざたされることが多い本作ですが、実はキャスティングが決定するまで紆余曲折があったことはあまりにも有名です。
坂本龍一さんが演じたヨノイ大尉役も例に漏れず、出演者のキャスティングに難航を極めていたところ、大島渚監督が映画初出演となる坂本さんを大抜擢。坂本さんが音楽も担当することを条件にオファーを受けたことで、“世界のサカモト”が誕生するきっかけとなったのです。
『戦場のメリークリスマス』といえば、デヴィッド・ボウイ扮するセリアス少佐とのキスシーン。あまりにも突然の出来事に戸惑いを隠せない表情が実に生々しく、ベルナルド・ベルトルッチ監督に「映画史上最も美しいキスシーン」と言わしめるほどの名シーンとなりました。
そんな坂本さんのヨノイ大尉は、原作者のローレンス・ヴァン・デル・ポスト氏をも魅了。何でも、ポスト氏が小説を書く際にモデルとした日本軍将校にそっくりで、衝撃を受けたのだとか。
ユニセックスな風貌が印象的なヨノイ大尉ですが、キャラクターの持つ精神性まで見事に体現した坂本龍一さんの好演は、この映画を語るにおいて欠かせないものとなっています。
そしてもうひとつ、忘れてはならないのが名曲「Merry Christmas Mr. Lawrence」。一度聴くと忘れられない美しくも切ないメロディーは、映画史上屈指の名曲として今なお愛され続けています。
本作の音楽製作の作業中、突然意識を失ったという坂本さん。目が覚めると目の前に譜面が置いてあり、まるで自動筆記のような形で、本作の音楽は完成したのだとか。まさに“天才・坂本龍一”を彷彿させるエピソードのひとつですね。
『ラストエンペラー』 ~日本人初のアカデミー賞作曲賞を受賞
鬼才ベルナルド・ベルトルッチ監督が、中国・清朝最後の皇帝溥儀の激動の生涯をあますところなく描いた歴史超大作『ラストエンペラー』。
華麗にして荘厳。今では観光名所となっている故宮を借り切って撮影を敢行するなど、そのスケールの大きさは圧巻の一言。「第60回アカデミー賞」では、作品賞を含む9部門に輝いた名作中の名作です。
本作で、音楽プロデューサーを務めた坂本龍一さん。「第60回アカデミー賞」で日本人初のアカデミー賞作曲賞に輝いたことは、あまりにも有名ですが、国家に翻弄される主人公の生き様が垣間見えるかのような、静けさと哀愁を併せ持つテーマ曲は、いまも多くの演奏家がそのレパートリーに加えている人気曲となっています。
坂本龍一さんが生み出した映画音楽は、その作品をご覧になっていない方でも耳にしたことがあるほど“ひとり歩き”しているのが特徴のひとつですが、『ラストエンペラー』のテーマも、そうした1曲と言えるでしょう。
また、俳優として、本作では満州国建国に暗躍した日本の軍人・甘粕正彦役を務めた坂本さん。いかにも“暗黒社会の住人”といったミステリアスな存在感を放ち、観客に鮮烈な印象を与えたことも語らずにはいられません。
『Ryuichi Sakamoto:CODA』 ~新しい“音”と出会う、少年のような瞳に原動力を見る
“世界のサカモト”と称され、数々の映画音楽を生み出し続けた坂本龍一さん。
ベルナルド・ベルトルッチ監督の“オリエンタル3部作”と呼ばれている『ラストエンペラー』、『シェルタリング・スカイ』、『リトル・ブッダ』をはじめ、レオナルド・ディカプリオが念願のアカデミー賞主演男優賞を受賞した『レヴェナント:蘇えりし者』、初の韓国映画への参加となった『天命の城』など、国境を超えた活躍は周知の事実。
手がけた作品のあまりの多さに、「この映画も坂本さんの音楽だったの!?」と、驚く人も多いのではないでしょうか。それだけ、型にはまらない多様性に満ちた音楽を生み出していらっしゃったということが窺い知れます。
西洋と東洋が融合した坂本龍一さんの音楽は、私たち人類のDNAの深部に響くような趣があり、自然とのつながりや共生を感じさせることもしばしば。
初めての劇場用ドキュメンタリー映画となった『Ryuichi Sakamoto:CODA』は坂本さんの音づくり、そして生き方に触れられる1作として、とても貴重な作品と言えるでしょう。
「第30回東京国際映画祭」では「第4回”SAMURAI(サムライ)”賞」を受賞。
比類なき感性で“サムライ”のごとく時代を切り開き、その才能を世界に向けて発信し続けてきた映画人を称えるこの賞の授賞式では、トロフィーを日本刀に見立て、取材陣のカメラに向けてお茶目にポーズを取る姿が印象的でした。
授賞式終了後、「お疲れ様でした」と握手を交わす機会を得ましたが、温かく繊細で優しさに満ちたその手の感触を、今でもはっきりと覚えています。
“教授”の愛称で親しまれ、音楽・映画を通じて世界中の人々を魅了した坂本龍一さん。沢山の感動をありがとうございました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。
坂本龍一さん関連の映画に触れたい!
109シネマズプレミアム新宿 開業記念オープニングイベント「Ryuichi Sakamoto Premium Collection」 2023年4月14日から5月18日まで109シネマズプレミアム新宿にて開催。
2023年4月14日、新宿・歌舞伎町にオープンする109シネマズプレミアム新宿。世界的音楽家・坂本龍一氏がシアター音響の監修を務めたことでも話題となっています。
そこで、開業記念オープニングイベントとして、坂本龍一氏関連作品の特集上映を開催。さらに4月21日、22日は、『戦場のメリークリスマス』を含む6作品をオールナイト上映。
公式サイト https://109cinemas.net/premiumshinjuku/
企画上映「没後10年 映画監督 大島渚」 2023年5月28日まで国立映画アーカイブにて開催中。
大島渚監督作品45作品(34プログラム)を上映する、大規模な回顧特集。『戦場のメリークリスマス』も上映されます。
公式サイト https://www.nfaj.go.jp/exhibition/oshima202303/
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■戦場のメリークリスマス(1983年日本公開)
DVDリリース
監督:大島渚
脚本:大島渚 ポール・マイヤーズバーグ
原作:ローレンス・ヴァン・デル・ポスト
製作:ジェレミー・トーマス
撮影監督:成島東一郎
美術監督:戸田重昌
音楽:坂本龍一
出演:デヴィッド・ボウイ、坂本龍一、トム・コンティ、ビートたけし、ジャック・トンプソン、内田裕也、ジョニー大倉、内藤剛志
英題:Merry Christmas Mr. Lawrence
公式サイト https://oshima2021.com/
■ラストエンペラー(1988年日本公開)
Blu-ray&DVDリリース デジタル配信中
監督:ベルナルド・ベルトルッチ
脚本:ベルナルド・ベルトルッチ、マーク・ペプロー
音楽:坂本龍一、デヴィッド・バーン、蘇聡
出演:ジョン・ローン、ジョアン・チェン、ピーター・オトゥール、英若誠、坂本龍一、ケイリー=ヒロユキ・タガワ
英題:The Last Emperor
■Ryuichi Sakamoto:CODA(2017年日本公開)
Blu-ray&DVDリリース デジタル配信中
監督:スティーヴン・ノムラ・シブル
出演:坂本龍一
(C)2017 SKMTDOC, LLC
連載情報
Tokyo cinema cloud X
シネマアナリストの八雲ふみねが、いま、観るべき映画を発信。
著者:八雲ふみね
映画コメンテーター・DJ・エッセイストとして、TV・ラジオ・雑誌など各種メディアで活躍中。機転の利いた分かりやすいトークで、アーティスト、俳優、タレントまでジャンルを問わず相手の魅力を最大限に引き出す話術が好評で、絶大な信頼を得ている。初日舞台挨拶・完成披露試写会・来日プレミア・トークショーなどの映画関連イベントの他にも、企業系イベントにて司会を務めることも多数。トークと執筆の両方をこなせる映画コメンテーター・パーソナリティ。
八雲ふみね 公式サイト http://yakumox.com/