「テロに至る経緯」を過剰に「物語化」してしまう日本のメディア

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ジャーナリストの佐々木俊尚と慶應義塾大学教授で国際政治学者の細谷雄一が4月19日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。岸田総理への爆発物投げ込み事件について解説した。

「テロに至る経緯」を過剰に「物語化」してしまう日本のメディア

県警和歌山西署から送検される木村隆二容疑者(中央)=2023年4月17日午前8時41分、和歌山市 写真提供:産経新聞社

岸田総理への爆発物投げ込み事件

飯田)岸田総理大臣に対して、爆発物が投げ込まれた事件がありました。威力業務妨害容疑とされ、なかなか日本では暗殺未遂と表現できませんが、海外メディアを見ていると「暗殺未遂」のような表現をしているところもかなりありますね。

犯人への同情が戦前の暗殺の文化を生み出した ~慎重な発言が求められる

細谷)戦前の日本でも政治家の暗殺が続いたわけですが、日本でそういったことが起きると、心情的に「犯人が可哀そうだ」と考えるのです。例えば戦前なら貧しい農家出身だったり、世界経済が厳しい大恐慌のあとであれば、やむを得なかったのだと思ってしまう。戦前の日本では、そのような同情から暗殺の文化を生み出してしまったわけです。

飯田)犯人への同情。

細谷)やや、それに似た空気を私は感じています。当然ながらそういう事件が起きた裏には、社会的な背景が存在するわけですが、不満があれば暴力ではなく言論、あるいは投票、政治によって訴えるべきです。それが民主主義であり、我々の社会なわけですから。

飯田)そうですよね。

細谷)戦前の日本において、暴力に対する共感が道を誤らせたという過去の反省をもとに、歴史や国際的な多くの例を見ながら、慎重な発言が求められてもいいのではないかと思います。

テロに至る経緯を過剰に物語化してしまう日本のメディア ~犯人に感情移入するのは日本だけ

飯田)メディア側からも、そういった声はなかなか上がってこないのでしょうか?

佐々木)安倍元総理の事件における山上容疑者に対してもそうなのですが、背景を調べたり、どうして犯行に及んだのかを分析することはもちろん大事です。しかし、日本では過剰に物語化されてしまうのです。

飯田)物語化。

佐々木)物語化してしまうと、見ている側は感情移入してしまうので、徐々に英雄視されていくような場合があります。この感覚は日本特有のものではないかと思います。海外のテロ事件のドキュメンタリーなどをよく観るのですが、犯人に感情移入するドキュメンタリーはありません。

過剰な美学がある日本人 ~テロ賛美にならないようにメディアが抑えなければならない

佐々木)日本人のマインドに刺さるものがあるのかも知れません。古くは忠臣蔵など。あれをテロと言っていいのかはわかりませんが。

飯田)忠臣蔵。

佐々木)我慢に我慢を重ねて、最後に「ウワッ」と暴発するようなことに対する美学があるではないですか。

飯田)やむにやまれず。

佐々木)高倉健さん主演のヤクザ映画で我慢に我慢を重ねて、最後に「もうやるしかない」と啖呵を切るような。そういう過剰な美学を日本人はどこかに持っていて、それがテロリストに対する、ある種の英雄視につながっている部分もあるのではないかと、個人的には思います。

飯田)過剰な美学が。

佐々木)これを容認してしまうと、細谷さんがおっしゃったように、戦前のテロの連鎖のようなことにつながりかねません。メディア側が自戒して、テロ賛美にならないように抑えておかなければダメだと思うのですが、自浄作用がないのが現状です。

社会が反応しなければテロにはならない

飯田)ロシアによるウクライナ侵略でフェーズが変わったと言われますが、テロとの戦いは、その前の20年~30年は世界中で大きなテーマになっていました。海外の研究はどうなっているのでしょうか?

細谷)テロは「Terror(恐怖)」という言葉が語源ですが、行為自体ではテロにはならないのです。つまり暗殺や暗殺未遂、爆発事故などが起きた際、それを一切報道せずに社会が反応しなければ、テロにはならないのです。

飯田)社会が反応しなければテロにはならない。

細谷)事件が起きたあとに社会が恐怖を感じたとき、あるいは一定の反応を得たときにテロとなるのです。

「テロに至る経緯」を過剰に「物語化」してしまう日本のメディア

筒状の物体が投げ込まれ、身をすくめる岸田文雄首相(中央)=2023年4月15日午前、和歌山市[目撃者提供]※一部画像処理をしています 写真提供:時事通信社

社会が騒いだ瞬間にテロが成功したことになる

細谷)2005年7月にロンドンで同時爆破事件がありました。私は当時イギリスにいたのではっきり覚えているのですが、とにかく反応しないのです。メディアなど、一般の人たちが騒いで、初めてテロが成り立ちます。ですから、「騒がない」ということがテロの最も重要なリアクションなのです。

飯田)騒がない。

細谷)騒いだ瞬間にテロが成功したことになります。テロを成功させないためには、事件が起きたときに冷静に報道する必要があります。報道しない理由はないのですが、報道したときは、過剰に反応しないようにする。過剰に恐怖を感じないよう、翌日もみんな出勤するわけです。今回の事件で多くの人たちが同情し、それがまたネットに流れてしまうと、テロが成功したことになってしまいます。

9.11テロのあと「いかに過剰に反応せず、感情的に共感しないか」ということを意図的に発信してきた欧米 ~日本はメディアが過剰に反応してしまう

細谷)ヨーロッパの場合は、9.11テロのあとにテロが頻発したため、「いかに過剰反応せず、感情的に共感しないか」ということを意図的に発信していました。

飯田)欧米では。

細谷)それに対して日本の場合は、過去20年の経験とは逆で、メディア側が「政府が悪い」、「首相に問題があった」、「政治に問題があった」などとする報道もある。それをやればやるほど、実はテロが成功したことになってしまうのです。

飯田)日本の場合は。

細谷)9.11テロのあと、せっかく世界でテロリズムの研究やメディアのするべき対応が広がったのに、それが忘却された気がします。

テロと社会を容易に結び付けることで社会に責任を負わせることはよくない

飯田)報じる側からは、「社会背景を明らかにすることで原因を根絶するのだ」と主張されたりしますが。

佐々木)そう言いたがりますね。私も90年代に事件記者を十数年担当していましたが、当時も「事件の背景には社会があるのだ」と言われていました。

飯田)事件の背景には社会がある。

佐々木)しかし、「本当だろうか」と思っていました。どんなにいい社会であろうと、必ず一定数、犯罪を行う人間は現れるのです。これは仕方のないことです。

飯田)どんなにいい社会でも。

佐々木)「社会に対して責任がある」と言いすぎてしまうと、「犯罪を行った人間の言うことすべてに理がある」と認めなくてはならない問題が生じてしまいます。犯罪やテロを行う人が出てきたとき、社会と安易に結び付けることで社会に責任を負わせるのは、私は逆によくないと思います。

飯田)免罪符化してしまう。

佐々木)そうです。

テロの原因や背景に対して共感することは好ましくない

飯田)冷静に報じ、背景をきちんと読み解いていくことは大事ですが、そのためには、ある程度の冷却期間も必要なのでしょうか?

細谷)もちろん、テロが起きて報じない理由はないわけです。報じる必要はあるし、背景も調べる必要がある。テロ研究の第一人者である防衛大学校の宮坂直史さんは研究をさまざま書いていますが、「素因と主因と誘因と背景がある」と言っています。社会における人々の不満が背景だったとき、不満に思っていること自体は解消しようがないわけですね。

飯田)不満に思っていることは。

細谷)ヒトラーの時代は第一次世界大戦で失業して仕事がなく、不満を持っている人が多かった。しかし、第一次世界大戦後のドイツ社会で、「若い人たちが不満を持たないような対応を政府がすればよかったではないか」と言っても、若い人たちが不満を持たないような社会をつくるための「具体的な政策の措置」はほとんど議論できませんよね。

飯田)具体的な政策の措置は。

細谷)ヒトラーが直接、戦争の準備をして侵略したときに、いろいろな原因を分解する必要があります。漠然と「原因や背景に対して共感するのは、テロとしては好ましくない」ということは、テロリズム研究では一般的によく書かれています。

背景分析とテロリストの主人公化が一体化しているのはおかしい

佐々木)分析するにしても、もう少し理路整然と「どういう情報を得て、どういう経路でテロを行うに至ったのか」というところを、もう少し客観的に分析して欲しいなと思います。それこそが後世につながるメディアの役割だと思います。

飯田)客観的に。

佐々木)テロリストを主人公にするのが間違いです。主人公にはせず、「なぜそこに至ったのか」を分析して欲しい。SNSなどで大量に情報を得られるわけですから、「テロリストがどうやって情報を得たのか」を分析することが重要だと思います。背景分析とテロリストの主人公化が一体化しているのがおかしいと思います。

飯田)切り離して考えても成立はするはずです。ただ、物語をつくった方が数字が取れるなど、そういったところに飛びついてしまいがちなのでしょうか?

佐々木)そちらの方が日本人の心情に訴えやすい部分があるのだと思います。

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