金利を上げるわけにも、下げるわけにもいかず「苦しい立場」の日銀・植田総裁

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ジャーナリストの佐々木俊尚が11月9日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。衆議院財務金融委員会での日銀・植田総裁の発言について解説した。

金融政策決定会合を終え、会見する日銀の植田和男総裁=2023年10月31日午後、東京都中央区 写真提供:産経新聞社

金融政策決定会合を終え、会見する日銀の植田和男総裁=2023年10月31日午後、東京都中央区 写真提供:産経新聞社

日銀・植田総裁、「物価見通しに誤りがあったことは認めざるを得ない」と発言

日本銀行の植田総裁は11月8日の衆議院財務金融委員会で、物価上昇率の見通しを繰り返し上方修正していることについて、「見通しに誤りがあったことは認めざるを得ない」と話した。一方、賃金と物価の好循環による物価の押し上げがまだ弱いという部分は「あまり大きく外していない」と強調。こうした見方に基づいて金融政策を行ってきたことに「大きな誤りはなかった」と語った。

飯田)立憲民主党・階猛議員の質問に対する答弁です。

物価高の原因はウクライナ情勢からのエネルギー・食料の高騰と円安

佐々木)植田総裁は、物価高の原因が2つあると説明していて、1つはウクライナ侵攻から始まるエネルギーや食料の高騰です。

飯田)ウクライナ情勢の影響。

佐々木)輸入するものの値段が上がり、それを価格転嫁する、いわゆるコスト高によるコストプッシュインフレの影響です。もう1つは、「賃金を上げると物価も上がる」、「物価が上がると賃金も上がる」という2つの力があるのだけれど、まだ後者があまりうまくいっていない。前者に関しては、ウクライナ侵攻が落ち着つけばエネルギー・食料の値段も少し下がるので「収まっていくだろう」というのが、当初の見通しだったと思います。しかし、それがまったく下がっていない。

飯田)物価が下がらない。

佐々木)おそらく最大の理由はウクライナ侵攻というよりも、円安が続いているからです。なぜ、こんなに円安が続くのかと言うと、アメリカの長期金利が5%くらいまで上がりっぱなしになっているからです。

ここまで円安が続くとは予想していなかった

佐々木)アメリカやヨーロッパはとても景気がよく、賃上げも進んでいます。その結果、金利を上げないとインフレが収まらない状況になっているので、金利を上げている。この状況が1年ぐらい続いているのです。そうすると、日本だけ金利が低いので、円がどんどん売られていく……ということで円安が続いています。おそらく日銀は、円安がここまで続くと予想していなかったのではないでしょうか。

飯田)当初は「今年(2023年)の春先、夏前ぐらいにはアメリカが利下げに転じるのではないか」と言われていましたが、どんどんうしろに倒れてきている。

佐々木)長期金利が5%ですからね。日本だと昭和の時代の金利です。いまは1%未満ですが、昔は銀行口座の金利が5%くらいでした。1億円ぐらい預けておけば、年間500万円ずつ入ってくるから、「宝くじで1億円当たれば一生食っていける」と言われていた時代もありました。アメリカはそのぐらいの金利になっているわけです。

飯田)5%。

佐々木)金利が高すぎてクレジットカードの支払いができなくなる人が増えていて、企業の倒産も相次いでいます。最近だと、米シェアオフィス大手「WeWork」が経営破綻しました。オフィス自体がコロナ禍で儲からなくなってきたところに加え、金利の支払いが大変なので破綻してしまった。

金利を上げるわけにも、下げるわけにも維持するわけにもいかず、苦しい立場の日銀

佐々木)かなり激しい状況になっています。金利を上げすぎて、アメリカ経済が一旦失速する可能性もあるわけです。それはそれで別のハレーションが起きてしまう。少なくとも現状の金利が続いている限り、特に日本では、日銀はこれ以上の利上げはしないでしょう。とりあえず長期金利の上限を1%までは認めるという状況であり、金利を上げることはない。金利を上げてしまうと、また日本経済が失速しかねないですから。

飯田)そうですよね。

佐々木)だからと言って、これを維持すると円安が続いてしまう。日銀としては金利を上げるわけにもいかず、下げるわけにもいかず、維持するわけにもいかない。非常に苦しい状況だと思います。

飯田)政府の政策待ちという感じですが、その部分はどうですか?

佐々木)賃上げがどうして進まないのかと言うと、当初の見通しとしては、物価が上がれば最初はコストプッシュインフレになるけれど、「上がっても仕方ない」という物価許容度が高まる。そうなれば、それに合わせて「賃上げもしようという話になるはずだ」というのが、当時の日銀の政策見通しだったと思います。しかし、なかなか賃上げが進まない。ユニクロが初任給を30万円にしたように、一部では上がっているのですが、なぜ賃上げが進まないのかをもう少し考えなくてはいけないですよね。

賃金を上げられる企業と上げられない企業で二極化している

飯田)一方で植田総裁は、賃上げと物価上昇に関し、衆議院の財務金融委員会のなかで「物価と賃金の好循環が少しずつ起きている」という認識を示しました。

佐々木)大企業を中心に賃金が上がっているところもありますが、建設や物流関係などはコストが強すぎて、価格転嫁してしまったら終わりなので、賃金を上げる余裕がないのです。コロナ禍にK字型回復と言われましたが、いまは賃金(の上昇)がK字になっており、上げられないところと上がるところで二極化しているのが1つの問題だと思います。

転職市場が流動化しない日本

佐々木)もう1つは転職の問題があります。日本はこれまで終身雇用、年功序列で、基本的に転職しない社会でした。「正社員の待遇を安定させる」という意味ではよかったけれど、一方で転職しなければ賃金が上がらないではないですか。日本人は真面目なので、安い給料でも文句を言わず、一生懸命働きます。だから、わざわざ「賃金を上げよう」というモチベーションが経営者にあるかと言うと、よほどいい人でなくては、そう思わないですよね。

飯田)転職しなければそうなりますね。

佐々木)例えば、いまは人手不足になりつつあり、中途採用で人を雇わなくてはいけない。「この給料だと、前の給料より下がるので行きません」となれば、賃金を上げざるを得なくなり、転職市場が活発になります。構造的に賃金が上がりやすくなるわけです。

転職希望者が増加 ~転職市場が流動化すれば、賃上げしやすくなる

佐々木)日本はまだその部分が弱い。ただ、以前に比べれば転職は増えており、ある調査によると転職希望者がここ10年で2割増え、今年は1000万人超えが予想されるそうです。実際に転職する人も300万人以上いて、増えています。昔は「悪いことをして転職せざるを得なくなったから給料が下がる」というようなイメージが強かったのですが、いまは転職すると、約4割の人の年収がアップしているそうです。

飯田)そうなのですね。

佐々木)年収を増やすために転職する人が増えています。欧米のように「転職を繰り返すことによってキャリアアップしていく」という方向に、日本社会も進みつつあるのです。しかし、全体がそうなっているわけではありません。転職が当たり前になって、転職市場が流動化すれば賃上げしやすくなり、日銀や政府の望む方向に進みやすくなると思いますが、まだ道半ばですね。

1回だけの減税であれば消費にはつながらない

飯田)いままでのデフレ、コストカット至上主義のような状況から一気に流動化してしまうと、底辺への賃下げ競争のようになってしまう部分があった。「いや、雇用流動化と言いましても」と……。

佐々木)平成における30年の不況の間は、「正社員の身分を守らないと、みんな貧しくなるだけだから」と言われていたわけです。

飯田)一方、正社員の待遇は維持されるけれど、入り口で門前払いされてしまった非正規労働者たちは、底辺の競争を強いられてしまった。

佐々木)しかし、令和に入ったこの5年ぐらいの間に、日本経済も見通しが明るくなってきています。実際、「投資の神様」と言われるウォーレン・バフェット氏は、日本の総合商社に積極的に投資している。日本株は割安感があるので、世界的に金融市場で注目されている部分もあるわけです。成長のポテンシャルが高いという見方が強くなり、株価も上がっています。この状況であれば、正社員でなくても「別の会社に行って賃上げを狙える」という期待感が高まる。つまり、いちばん大事なのはマインドだと思うのです。

飯田)マインド。

佐々木)「正社員の身分にしがみつかなければ給料が下がる」と思うか、「転職すれば給料が上がる」と期待できるかどうかです。消費も同じです。岸田さんが2024年に「4万円減税する」と言っているけれど、今後も減税が続くと思えば、もっとお金を使おうかと考えます。しかし、「1回だけです。これ以上は減税しないし、消費減税もありません」と言われると、「将来どうなるかわからないからお金を貯めなければ」と考え、使わないわけです。

飯田)そうですよね。

佐々木)「将来に対する期待感が持てるか」がいちばん大きいのではないでしょうか。昭和のころは「いまより豊かになっていく」とみんなが思い込んでいました。いまよりも金銭的には貧しかったと思います。でもその期待感があったから、みんな消費していたのです。

飯田)期待感で消費することによって、経済が回っていくわけですね。

佐々木)しかし、みんなが守りに入ったデフレの30年は、「持っているお金を守らなくては」と思うので、誰もお金を使わず、ますます経済が冷え込むという悪循環でした。

岸田総理「税収増加分を国民に還元する」に対してなぜ、財務大臣が「税収増分は使用済み」と言うのか

佐々木)岸田政権の問題はそこだと思います。期待感がなさすぎる。

飯田)打ち出し方の問題でしょうか?

佐々木)国内総生産(GDP)が増え、税収が過去最高になったことから、岸田総理が臨時国会の所信表明演説で「税収増加分を国民に還元します」と言いました。それなのに、そのあと鈴木財務大臣が「過去の税収増分は使用済みで還元する原資はない」と言っている。ああいうことを言うからマインドがまた冷え込むわけです。

飯田)酷い梯子外しですよね。

佐々木)税収が増えたのだから、みんな「これから還元してくれるのかな」と期待していたのに、なぜ財務大臣が「そんなものはない」とわざわざ言うのか。

飯田)呼応するように税調会長も、「減税は1年ぽっきりです」と平気で言い放つ。

佐々木)マインドの問題を、岸田さんのみならず閣僚の人たち、あるいは自民党政権そのものがあまり理解していない感じがします。なぜあのようなことを言うのか。理解できていないのか、それとも財務省に何か言われているのか……。その辺りはよくわかりません。

飯田)ここで岸田さんが「いや、減税するのだ」と言ってくれれば、支持率も上がると思うのですが。

佐々木)言ってくれればいいのですけれどね。

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