打ち上げ成功! H3ロケット雌伏からのリベンジ
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「報道部畑中デスクの独り言」(第361回)
ニッポン放送報道部畑中デスクのニュースコラム。今回は、打ち上げが成功したH3ロケットについて---
「ヨッシャーーーーーッ!」
RCCと呼ばれる総合指令棟では歓声と、スタッフが抱き合って喜ぶ姿がありました。JAXA=宇宙航空研究開発機構の次世代主力ロケット「H3」が、2024年2月17日、鹿児島県の種子島宇宙センターから打ち上げられました。
私は公式YouTube「JAXAチャンネル」のライブ中継で打ち上げを見守りました。普段は打ち上げの瞬間が最も注目されますが、今回は第2段エンジンが着火し、ロケットが予定通り軌道投入されるか、目の離せない時間が続きました。
思えば、約11ヵ月前の2023年3月7日、プロジェクトチームにとっては悪夢の日だったと思います。H3初号機は打ち上げから約14分後に指令破壊信号が送出され、搭載されていた地球観測衛星「だいち3号」とともに海へと消えました。2段エンジンへの着火が行われなかったことによるものでした。
打ち上げ失敗後、徹底した原因究明がなされました。進捗状況はその都度、文部科学省の有識者会合で報告されてきましたが、開発責任者のJAXA・岡田匡史プロジェクトマネージャ(以下プロマネ)は前半の4ヵ月が「すごくしんどかった」と話します。なかなか出口が見えない、光が見えない状況……原因特定で“堂々めぐり”が続いていたようです。
原因はシステムのなかで短絡=ショートが起き、過電流=想定より大きな電気が流れて、2段エンジンに着火するための電源供給が遮断されたというものでした。ただ、このショートがシステムのどこで起きたかというのは、可能性として3つに絞られたものの、特定には至りませんでした。
結局、この3つすべての可能性について、とり得る対策を施すことで解決を図りました。具体的にはエキサイタと呼ばれるスパークプラグや、コントローラー(制御機器)、半導体といった部品に改良の手が入りました。ショートを防ぐため、絶縁強化や、組み立て後にX線検査で安全性の確認も行われました。ちなみに3つの可能性のうち、2つはH2Aロケットにも採用されていた技術であることから、H2Aにも改良が施されています。
また、打ち上げ失敗とともに消えた「だいち3号」の代わりに、今回は「VEP4(ベップフォー)」と呼ばれる、衛星の「ダミー」を載せて、軌道に送り届けられるかを検証しました。高さがおよそ3.5m、直径は40cmほど。アルミニウム製の大きな電柱のようなものですが、重量はおよそ2.6トン。軌道投入の際には、ロケットからクランプバンドというダミーを保持しているバンドが外れ、ばねで押し出して分離しますが、同時にストッパーとなるボルトがかませてあり、およそ1cm動いて止まるような仕掛けがされています。これによって、ダミーが無駄に宇宙を漂わないようにして、ロケットとともに大気圏に再突入するというわけです。
ただ、衛星を軌道投入する能力そのものはロケットにはあり、小型の副衛星を2基搭載することになりました。1つはキヤノン電子が開発した「CE-SAT-1E」で、地上の写真を撮影したり、衛星の位置を非常に高い精度で測定します。もう1つは経済産業省から委託された「TIRSAT」。熱赤外センサーで工場などの熱源を感知するというものです。将来的に世界の主要生産地域の工場等稼働状況を把握する仕組みの構築を目指します。
ちなみに、VEP4に2つの小型衛星にフェアリングというカバーを含めた重量と重心は、1号機でのそれと合わせています。1号機と同じ状態で飛行を検証するというわけです。
岡田プロマネは打ち上げ前の記者会見で「打ち上げ失敗は宇宙計画に大きな影響を与えてしまった。何とかここを挽回したいという想いでこの10ヵ月ほど力を合わせて頑張ってきた」と話していました。宇宙基本計画への影響を最小限にしようという配慮がうかがえます。
天候の悪化で2月15日の打ち上げが延期され、2日後の17日、皆が祈るなか、ついにその日を迎えました。午前9時22分55秒に打ち上げ。きれいな軌道を描きます。打ち上げから5分あまり、午前9時28分過ぎには第2段エンジン第1回燃焼開始のアナウンスがあり、ライブ中継から「鬼門を突破しました」のコメントがありました。
そして、さらに約12分後、午前9時39分過ぎに「CE-SAT-1E」が分離。冒頭お伝えした、総合指令棟でスタッフの歓声と抱擁する場面が飛び込んできました。緊張から歓喜に変わった瞬間でした。
打ち上げから3時間あまり、午後0時半過ぎから記者会見が始まりました。ロケットの軌道投入、「CE-SAT-1E」の分離の他、「TIRSAT」「VEP4」の分離が確認されたことも明らかにされました。
「本当にお待たせいたしました。ようやくH3がオギャーとうぶ声をあげることができました」
岡田プロマネの開口一番、笑顔のコメントです。その後、心境を聞かれ、「きょうだけの話、ものすごく肩の荷が下りた気がします」「ロケットはこれからが勝負。しっかりと育てていきたい」と述べました。自己採点では開発をともにした三菱重工業の新津真行プロジェクトマネージャ(以下 新津プロマネ)と目を合わせ「いいですね? 満点で……満点です」、新津プロマネも「100点満点だと思います」と応じました。
一方で、打ち上げ前の記者会見で岡田プロマネは「JAXAとして成功、失敗はお伝えしないのではないか」と話しており、私は改めて今回「成功」と表現すべきか確認しました。
「こういう質問が来ると思っていたので、自分なりに頭の体操はしていましたが……成功しました」と岡田プロマネは明言。その上で「成功と失敗の境目は難しい。直後にわからないこともいろいろある。今回の結果は即成功と報告できると思う」と胸を張りました。
1号機の打ち上げ失敗でまさに「産みの苦しみ」だったH3ロケット。昨年(2023年)、「悔し涙」にくれた岡田プロマネの姿はいまも忘れられません。それだけに今回の笑顔は宇宙ファンのみならず、多くの日本人を幸せにしてくれるものであったと思います。JAXAの山川宏理事長も「宇宙業界に入って長らく経つが、こんなにうれしい日、ホッとした日はなかった」と感慨深げに語りました。
一方、小型衛星側の関係者である宇宙システム開発利用推進機構の三原荘一郎技術参与は、「リスクよりも軌道上で運用するチャンスと考えた。失敗するリスクは考えなかった」と話します。今回の成功は関係者の努力と決断によるものでした。
H3ロケットは将来が嘱望されているロケットです。現行のH2Aは安定した実績を持ち、日本のロケット技術の象徴的存在でもあります。しかし、打ち上げ費用が100億円前後ということで高コストであることがネックでした。宇宙関連ビジネスをめぐる国際的な競争が激しくなるなかで、海外にもウイングを広げるには、さまざまな衛星を安く打ち上げることが必要です。そのためには、ロケット自体の打ち上げコストを下げなければなりません。H3ロケットはエンジンの燃焼方式をシンプルにしたり、自動車用の民生品などを活用して部品点数も減らし、打ち上げコストを50億円程度に削減しています。
次世代に向けてスタートラインに立った日本の宇宙ビジネス。今回のリベンジはさらなる飛躍に向けて、大きな一歩を踏み出したと言えます。(了)
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