あけの語りびと

炭は100回焼けば、100回とも違う。だから怖いんです。28年前40歳を目前に炭焼き職人に弟子入りした男性。「あけの語りびと」(朗読公開)

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それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
上柳昌彦あさぼらけ 『あけの語りびと』

三重県北牟婁郡紀北町(きたむろぐんきほくちょう)は、世界遺産紀伊山地の霊場と熊野古道=ツヅラト峠を有し、西北部は日本有数の原生林が残る深い山々に囲まれ、町の9割近くを森林が占めている町です。
その一角から今日も立ちのぼるのは、炭を焼く窯の煙…。
炭焼き職人=津村寿晴さんの手製の窯は、全部で五つあります。
津村さんが師と仰ぐ故・玉井又次さんに弟子入りを志願したのは28年前。
自衛官から転身して仲間たちと始めた運送業に失敗。
(自分は組織の中ではやっていけない人間なんだ)と悟った津村さんは、40歳を目前に焦っていました。

あけ1(w680)

「炭焼きを3カ月で教えてくださいと頼んだときは『バカヤロー』と怒鳴られました。」

と、当時の甘かった自分を思い出して、苦笑いをする津村さん。
炭焼きの修業は、地元の土を使った窯づくりから始まりました。

「窯の出来具合で、焼きあがる炭の良しあしが決まるんです。」

窯が出来上がって「炭焼きをして食べていくんだ」と決めた日のことを、津村さんは、今も忘れません。
原木のウバメガシを窯に入れて、家族みんなで順番にマッチを擦って点火。
「電気が通じていない暗い窯場で『お父さんはこれでやっていくんだ』と宣言しました。」と振り返る津村さん。
一度火を入れたら、最低10日間から長い時は2週間、火を絶やすことは出来ません。
天下の名品=紀州備長炭が出来上がるまでの過程を、津村さんは煙の匂いと味で見分けます。

「最初は甘酸っぱい香りがしますね。次にツ~ンと来る刺激臭。そして、もういいよ~という合図は煙が無臭になった時なんです。」

窯のそばでジッと待ち続けるうちに脱水症状で倒れたこともあるそうです。

あけ2(w680)

さて、紀州備長炭の原料になるのが、ウバメガシです。
とても成長が遅く、岩場や水が少ない痩せた土地などの悪条件に強い植物で、傾斜がゆるく環境のいい場所では、他の植物に負けてしまうそうです。
つまり、他の植物が生えにくい、急な傾斜の岩場や水の少ない山頂付近に生育する樹木で、伐採には大変な労力が必要だといいます。
津村さんは、このウバメガシの伐採のために、マムシに嚙まれたり、チェーンソーやナタで、手足にケガを負ったり、大変な体験を重ねています。
「それでもやっぱり、ウバメガシじゃないとダメなんですよね。」
そう言い切る津村さんは、ラオス、ベトナム、ミャンマー、シンガポールなど海外で探したこともありますが、日本特有の木であることが分かりました。
火力が強く、火持ちがいい、遠赤外線もたっぷりで、嫌な臭いもしません。
紀州備長炭で焼いた魚や肉は味が違うといいます。

「タケシさんのお兄さん=北野大さんが化学式で遠赤外線を化学式で説明しているのを、テレビで見たことがあるんですけどねぇ…」

あけ4炭(w680)

価格は、普通の炭の5倍以上はするという紀州備長炭。
それでも津村さんの所へは、ひっきりなしに催促の電話が入ります。
茶室、料亭、うなぎ屋さんや焼き鳥屋さんで重用されている津村さんの炭。

「自分の炭で焼いたものを、よく食べに行くんですか?」

こう聞くと、津村さんは意外な答えを返してくれました。

「食べに行ったことはないですねぇ…怖くて。」
「怖くてとは?」

と、さらに質問すると、こんな答えが返ってきました。

「炭は100回焼けば、100回とも違う。だから、怖いんですよ。」

炭焼き職人としての意地とプライドがあるからこそ、「これは私が焼いた炭なんです。」とは、なかなか言い出せないようです。

2016年12月28日(水) 上柳昌彦 あさぼらけ あけの語りびと より

朗読BGM作曲・演奏 森丘ヒロキ

番組情報

上柳昌彦 あさぼらけ

月曜 5:00-6:00 火-金曜 4:30-6:00

番組HP

眠い朝、辛い朝、元気な朝、、、、それぞれの気持ちをもって朝を迎える皆さん一人一人に その日一日を10%前向きになってもらえるように心がけているトークラジオ

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