ご主人が遺した船宿を受け継ぎ、男社会の中、女性船宿を営む名物おかみ【10時のグッとストーリー】

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番組スタッフが取材した「聴いて思わずグッとくるGOODな話」を毎週お届けしている【10時のグッとストーリー】

今日は、ご主人が遺した船宿を受け継ぎ、男社会の中、名物おかみとして活躍する女性のグッとストーリーです。

東京湾岸でも有数の釣りスポットとして知られる、江戸川放水路。可動式の堰(せき)で区切られた人工の川ですが、水は海水で、ハゼがたくさん釣れるため、シーズンになるとボートでいっぱいになります。
その桟橋(さんばし)にある釣り船の停泊所・船宿が、伊藤遊船(ゆうせん)です。

「6月から12月まではハゼ。冬のこの時期だと、マコガレイがよく釣れますよ」と言うのは、おかみの 伊藤千鶴子(いとう・ちづこ)さん・69歳。

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伊藤遊船 Facebook より

もともと伊藤遊船は、千鶴子さんのご主人・祇勝(まさかつ)さんが親方を務めていました。
今から31年前、お客としてハゼ釣りの船に乗ったとき、祇勝さんに見初められた千鶴子さん。祇勝さんはかつてマグロ漁船に乗っていた、根っからの海の男。
当時着付け教室を開く夢があった千鶴子さんは、はじめ結婚を断ろうと思っていましたが、電車で江戸川放水路の上を通った際、つい気になって窓から桟橋を見下ろすと、一人ぽつんと仕事をする祇勝さんの姿が見えました。
「私が手伝ってあげようかな…」
4ヵ月後、祇勝さんと結婚。船宿のおかみになり、それから20年近くにわたって、祇勝さんを支えていきました。

ところが…12年前の10月、台風が収まった後、放水路の堰(せき)が開き、そのとき桟橋に船をくくりつけていた祇勝さんは、激流にのまれ行方不明に。必死の捜索の甲斐もなく、行方が分からないまま、1年後、死亡届が受理されました。
葬儀の際、千鶴子さんは、一緒に流され助かった船頭さんに、ずっと聞けなかったことを尋ねました。

「流されたとき、あの人は最期、どんな様子だったのかしら?」。

船頭さんの答えは
「私が道連れにならないように、親方はつないでいた手を、自分から離しました」
「流されていた時間、一瞬、眠るようないい気持ちになりました。親方もそうだったんじゃないでしょうか」。

最期は苦しかっただろうな、と思っていたので、その答えを聞いて胸のつかえが取れた千鶴子さん。
亡き夫に代わって船宿を継ぐことには、典型的な男社会だけに「本当にやっていけるのか?」と心配する声もありましたが、千鶴子さんに一切迷いはありませんでした。

「私がやっていくしかない!女でもできる、と思っていましたから」。

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船の操縦は船頭さんたちに任せていますが、60歳を過ぎてから、仕事に必要な運転免許や船舶の免許も取得。

「昔からおてんばだったので、力仕事も苦になりません」という千鶴子さん。
そんな懸命な姿を見て、常連さんたちも引き続き、伊藤遊船に通ってくれました。

「でもね…実は私、料理が得意じゃなかったの。船頭さんたちのお弁当は、ぜんぶ主人が作っていましたし、私は他の仕事に専念していたので…」

千鶴子さんがご主人から受け継いだ名物が、沖釣りから帰ってきたお客さんに出す、しじみやあさりの味噌汁。祇勝さんに教わったのは、味を少し濃い目にすることです。

「江戸川放水路は海水ですから、潮風で、沖釣りから帰ると、お客さんの口の中が自然と塩辛くなるんです。そうすると、普通の味じゃ薄く感じるんですね」
特に冷える冬場は「あ〜、これを飲むと生き返るねえ〜」とお客さんに喜ばれるそうです。

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伊藤遊船 Facebook より

来年70歳、古稀を迎える千鶴子さんには、ある夢があります。
それは、祇勝さんが生前「ここで俺の船を造ってもらうんだ」と言っていた一流の造船所で、新しい船を造ること。
祇勝さんが亡くなってから、その造船所の船を中古で購入しましたが、今ではその船が稼ぎ頭になっているそうです。次はぜひ、新品の船を…それには高額の資金が必要です。

「あと10年、80歳までは頑張って、主人が叶えられなかった夢を、代わりに叶えたいと思っています。体が続く限り、船宿のおかみを続けていきたいですね」

八木亜希子,LOVE&MELODY

番組情報

LOVE & MELODY

毎週土曜日 8:30~10:50

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あなたのリクエスト曲にお応えする2時間20分の生放送!
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