ある旧友のこと【瀬戸内寂聴「今日を生きるための言葉」】第179回

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スピーチがつづき歌や踊りが出てにぎやかに盛り上がった会場の隅で、わたしは旧友の一人とひっそり語り合っていました。彼女はわたしたちのなかでだれよりも美しく、だれよりも勉強がよくでき、いつもクラスは別でも、わたしと席次(せきじ)を争っていた唯一のライバルだった人です。
裕福な家庭のお嬢さまで、お母さんは徳島一の美人でした。
どんな華やかな生涯を送るかと思っていたこの人が、ずっとご病気のご主人を抱えて、三人のお子を立派に成人させ、今は赤ん坊のように手のかかるご主人を看取(みと)りながら、同窓会に出ていたのです。三時間しか一人で置けない病人の夫を案じながら。
「でもね、手も足も利かず、赤ん坊より世話のかかる彼が、わたし、今ほどかわいくてならないことはないのよ。分かってくれる?」
とやさしい笑顔でささやきました。わたしは思わず彼女の手を握りしめ、苦労の影のみじんも浮かんでいない、昔以上に美しい旧友の顔を見つめながら、
「あなたは生きた観音さまよ」
とささやき返しました。

瀬戸内寂聴

撮影:斉藤ユーリ

出典:『生きる言葉 あなたへ』光文社文庫

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