【ペットと一緒に vol.93】
10年以上も犬を飼いたいと思いつつ、日本では踏み切れずにいたというサチコさん。ところが海外赴任先のチェコがあまりにも犬にやさしい国だったため、「ここで犬と暮らし始めたい」と背中を押されたとか。そんなサチコさん一家のドッグライフとチェコの犬事情をご紹介します。
チェコだから犬を迎えられると決意
家族で海外駐在中のサチコさんがチェコで犬を迎えようと思った最大の理由は、「チェコは犬にも犬の飼い主にも高い権利が与えられている国だと実感したから」だと言います。
チェコは人口に対しての犬の登録数が世界で最も高い国のひとつで、どこに行っても犬を見ないことはないのだとか。
日本とは違って小型犬は少なく、大型犬や中型犬の人気が高いチェコでは、地下鉄やバスでも、リードをしてお散歩感覚で愛犬と一緒に乗車している人が多いそうです。
「本来はマズルガードが必要みたいですが、未装着の犬も多いですよ。吠えたり、牙を剥いている犬なんて見たことないですから」と、サチコさん。
食品を扱う店舗以外、犬の同伴はほぼOK。さらに、オフィスに犬を連れて行く人も少なくないそう。
「昼休みには、オフィスワーカーが犬を連れてレストランでランチをしていたり、お散歩がてら公園のベンチでサンドイッチを食べていたり……。とにかく、ドッグフレンドリーな国なんです」(サチコさん)。
もちろん、そこまで犬が市民権を得られている理由には、チェコ人が愛犬をしっかりトレーニングしているという背景があります。
「我が家も、オランダ人が経営しているペットホテル主催の無料しつけ教室に、毎週末のように通いました。そこにはチェコ在住の外国人も多く、多彩な犬文化に触れられて興味深かったです。グループレッスン終了後は、犬連れでみんなで飲みに行ったり。チェコで犬を迎えていなかったら、こんな楽しみは得られなかったんでしょうね」。
海外では保護犬を迎え入れる人がとても多いと気づいたとも、サチコさんは言います。
「同じパピークラスなのに、8歳の犬が来ていたりして。元保護犬なので、一からトレーニングを始めるのだと。我が家もチェコで保護犬を迎え入れようかと検討したこともあったんですよ。でも外国人で、しかも帰国予定がある駐在のファミリーは『帰国時に犬を手放すのでは?』と、不安感を抱かれたようで、結局ブリーダーさんからパピーを迎えることにしました」。
大変だったブリーダーさん探し
チェコ語を公用語とするチェコでは、英語でコミュニケーションが取れる犬のブリーダーはそれほど多くないそう。
サチコさんは、夫や高校生の息子さんとも話し合ってミニチュア・シュナウザーを迎えることが決まってから、10犬舎以上のブリーダーに英語のメールを送りましたが、返信がなかったり、「日本に犬を連れて帰るのならば、お譲りできません」という返信を複数受けたそうです。
「そんななか、『子犬と母犬を見に来たら?』と言ってくれた初老の女性ブリーダーさんがいて、さっそく家族3人で犬舎まで足を運んだんです。生後3週間くらいの子犬は、それはもうかわいくてかわいくて!」とサチコさんは当時を振り返ります。
チェコでは家庭犬としてはオスが一般的で、多くのメスは国内外のブリーダーのもとに旅立ったり、生まれた犬舎で保有されるのだそうで、サチコさんが「譲ってもいいわよ」と言われたのも、当然オス。
「母犬も、すごく人懐っこくて穏やかで。おおらかなブリーダーさんの人柄をそのまま鏡で写したかのよう(笑)。すごく気に入ったので、日本に一時帰国した後の生後14週で迎えに来ると予約をしました。生後8週以降、兄弟姉妹犬は順次巣立って行くようなんですけどね。我が家の事情も、おおらかに受け入れてくださって助かりました」。
池ポチャも、なんのその!
サチコさんが結婚後に初めて迎えた犬は、アトムくんと名付けられました。
アトムくんが来てから、朝夕の1時間ずつの散歩がサチコさんの日課に。
「毎日2万歩は歩きます。公園では木の葉の色の移り変わりや、毎日少しずつ池に氷が張っていく様子を間近に眺め、落ち葉のふかふかとした感触を味わい……。愛犬のおかげで、プラハの四季折々のすばらしさも堪能させてもらっています」。
公園では、ウィペット、ワイマラナー、フレンチ・ブルドッグ、ジャーマン・シェパード、グレートデンなどによく会うそう。アトムくんの一番の仲良しは、ウェルッシュ・テリアだそうで、「どこかから見つけてきた木の枝を一緒に引っ張って遊んでいたりするのを見ると、かわいくて胸がキュンとなりますね(笑)」とのこと。
公園のノーリードOKエリアでは水鳥を追いかけて、池に飛び込んでしまう犬もいると言います。
「それでもチェコ人はまったく気にしていないんですよ。服を脱いで、一緒にその池で泳ぐ人もいて。すごく自然体を大切にする国民なんだなぁ~と、驚きつつ、微笑ましい発見をした気がします」と、サチコさんは笑います。
そのため、アトムくんを去勢しようと訪れた動物病院では「え!? 攻撃性のない性格なのになぜ去勢が必要? かわいそうじゃない?」と獣医さんに反対されたそう。
「チェコのほとんどの犬が去勢や避妊をしていません。それもあって、発情出血のないオスの飼育率が高いのかもしれませんね。結局、『日本では去勢するのが多数派なんですよね。事情は理解できるので手術しましょう』と、同じ病院のほかの獣医さんがサポートしてくれたんですけどね」と、サチコさん。
集合住宅でアトムくんの吠えが気になると、チェコ人の犬友に相談した際には、「シュナは吠えやすい犬種だしねぇ。そもそも犬だもの、理由があれば吠えるわよ。これくらい誰も気にならないって」と、ほとんど取り合ってもらえなかったとサチコさんは話します。
「犬たちが自由で、飼い主さんたちもナチュラルでおおらか。そんな居心地のよいチェコを離れ、あと数カ月で日本に帰国するのが本当に残念です。日本ではどんな、犬との生活が待っているのでしょう」と語るサチコさん。
そんな心配をよそに、チェコ風にのびのびと育ったアトムくんは、きっと日本でもサチコさん家族に新しい犬友との出会いを運び、笑顔の日々を彩ってくれることでしょう。
連載情報
ペットと一緒に
ペットにまつわる様々な雑学やエピソードを紹介していきます!
著者:臼井京音
ドッグライターとして20年以上、日本や世界の犬事情を取材。小学生時代からの愛読誌『愛犬の友』をはじめ、新聞、週刊誌、書籍、ペット専門誌、Web媒体等で執筆活動を行う。30歳を過ぎてオーストラリアで犬の行動カウンセリングを学び、2007~2017年まで東京都中央区で「犬の幼稚園Urban Paws」も運営。主な著書は『室内犬の気持ちがわかる本』、タイの小島の犬のモノクロ写真集『うみいぬ』。かつてはヨークシャー・テリア、現在はノーリッチ・テリア2頭と暮らす。東京都中央区の動物との共生推進員。