【ペットと一緒に vol.88】
ママ獣医師として子猫のミルクボランティアを務める箱崎加奈子さんの日々を紹介してから、約半年。「今回はおそらへ旅立ってしまう子猫も少なくなくて……」と、満開のさつきの花々を前に、少し肩を落とす加奈子さんの姿がありました。今シーズンのミルクボランティア奮闘記をお届けします。
春が来て、子猫もやって来た
「今年も子猫のミルクボランティアのシーズンが到来しました」と、箱崎加奈子さん。
猫の発情周期から考えると、春から初秋までが子猫の出産シーズンになるからです。猫の1回の出産頭数は3~8頭ほど。
「だいたい、同胎の子猫をまとめて引き受けます」とのことですが、「先日は2腹分を預かると申し出ましたが、なんと、どちらも8頭きょうだい。さすがにひとりで16頭を哺乳するのは大変! 1腹分は別のミルクボランティアさんにお願いしました」(加奈子さん)。
今年はすでに、加奈子さんが所属するミルクボランティアのグループに子猫を依頼している愛護団体が、北関東の動物愛護センターから1日に数十頭の子猫を引き出して来ることもあるとか。
“殺処分ゼロ”運動やTNR活動(野良猫や地域猫に避妊・去勢手術をしたのちに元の場所へ戻す)が広がりを見せていますが、加奈子さんの実感としては、センターに収容される子猫の数は減ってはいないそうです。
あえて、弱っている子猫を引き受ける
「グループメッセージに、子猫の預かり募集が投稿されるのですが、私は獣医師なのであえて状態が良好とは言えない子猫たちに名乗りをあげているんです」と、加奈子さんは語ります。
体内寄生虫に感染していることがわかる子猫も、少なくないそうです。
「もちろんミルクは欠かせません。でも同時進行でまず、駆虫薬を飲ませて駆虫をしないと。せっかく摂った栄養を、寄生虫に取られてしまいますからね」(加奈子さん)。
実は、到着直後の検便時には異常がなくても、体重の増加スピードが思わしくなくて再度チェックをすると、寄生虫の陽性反応が出るケースもあるのだとか。
「駆虫をすると、たいがいは元気になって体重も増え始めます。ミルクボランティアとひとことでいっても、ミルクを与えるだけではなく、獣医療の知識も少なからず必要で、子猫を育てるには動物病院のサポートも重要になるでしょう」。
哺乳瓶を吸う力が弱い場合は、カテーテルを使ってミルクを飲ませたりもするそうです。
「薬を飲ませたり、子猫にカテーテルを入れたりといった作業は、獣医師や獣医看護師でないとなかなか行えないもの。ほかのミルクボランティアさんは、ミルクを1滴ずつ、何時間もかけてスポイトで与えたりしています。それはきっと大変ですよね。そんなボランティアさんの負担を減らすためにも、育てるのにむずかしそうな子猫を引き受けているんです」と、加奈子さんは言います。
おそらへ旅立つ子猫たち
筆者が取材した日はちょうど、到着時はしっかり開いていた目が、日に日に開かなくもなっていったという4きょうだいがいました。
子猫によく見られる、新生児眼炎にかかっているそうです。猫風邪などと呼ばれたりもする症状だそうで、加奈子さんは、
「野外で産声をあげ、センターに収容されたけれども殺処分は免れ、愛護団体の方々の手を借りてやっと我が家までたどり着いた命。多くの人の手助けでなんとかつないで来られた子猫たちの命を、ここで絶やしたくない! どうか目を開けて。元気になって。そんな思いで、数種類の目薬を1日に何度か点したり、治療をしたりしています」。
それでも数日後、4頭のうちの1頭は死んでしまったそうです。
「娘の腕の中でおそらへ旅立ちました。口を開けて苦しそうに呼吸をしているのを見たときは『もうがんばらなくていいよ。楽になってね』と、心の中で子猫に声をかけました」と、加奈子さんは振り返ります。
ストレスなく続けられるボランティア活動
「さすがに、手を尽くしても助けられない命を目の当たりにすると悲しい気持ちになります。今シーズンはこれまで6頭が亡くなりました」と加奈子さんは言いますが、獣医師でもあるからこそ、子猫の死からははやく立ち直れているに違いないとも分析しています。
「獣医療をご自分で施せないミルクボランティアさんと比べれば、私は自宅で刻々と変化する子猫の体調変化に適宜対応できます。獣医師の私が最善を尽くしても、同じきょうだいの中の1~2頭が旅立ってしまう……。それは、その子猫のもともとの生命力による運命だったとも感じるんです」。
職業柄、犬や猫の死にも数多く接してきたため、目の前で子猫が死んでしまうことに対する精神的なショックはほかのミルクボランティアさんより少ないはずだと、加奈子さんは思っているそうです。
「そういう意味でも、子猫の命をつなぐミルクボランティアって、私に向いているのかもしれませんね。離乳前の子猫が自宅にいると時間的には拘束されますが、それ以外はストレスなく続けていけますから」。
治療の甲斐あり、3きょうだいの目も少しずつ開いてきたそう。
「視界が狭いはずなのに、一生懸命に私を追いかけて来るんですよ。愛らしい性格で、とてもかわいいです」と、加奈子さん。
子猫のミルクボランティアさんたちにとっては、今シーズンはまだ始まったばかり。
今年もこれから半年ほど、ミルクボランティアさんのもとで子猫たちが健やかに成長し、すばらしい飼い主さんとの出会いを果たしてくれることを願ってやみません。
連載情報
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ペットにまつわる様々な雑学やエピソードを紹介していきます!
著者:臼井京音
ドッグライターとして20年以上、日本や世界の犬事情を取材。小学生時代からの愛読誌『愛犬の友』をはじめ、新聞、週刊誌、書籍、ペット専門誌、Web媒体等で執筆活動を行う。30歳を過ぎてオーストラリアで犬の行動カウンセリングを学び、2007~2017年まで東京都中央区で「犬の幼稚園Urban Paws」も運営。主な著書は『室内犬の気持ちがわかる本』、タイの小島の犬のモノクロ写真集『うみいぬ』。かつてはヨークシャー・テリア、現在はノーリッチ・テリア2頭と暮らす。東京都中央区の動物との共生推進員。