日本最大手の地図会社のゼンリン~はじまりは別府温泉の観光雑誌だった

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日本最大手の地図製作会社である株式会社ゼンリンの社長である高山善司が、黒木瞳がパーソナリティの番組「あさナビ」(ニッポン放送)に出演。ゼンリンが地図製作会社になった意外な経緯を語った。

黒木)今週のゲストは、日本最大手の地図の会社、株式会社ゼンリンの代表取締役社長、高山善司さんです。ゼンリンは地図だけをやっていらっしゃるのですか?

高山)もともと、地図を作っていたというのが、生業です。基本的に現在では情報を集めて地図化している、と言った方が正確かもしれません。

黒木)地図というと、伊能忠敬。全国を歩いて地図を作ったと、社会科で勉強しましたけど、そのようにして、作っていらっしゃる。もともとは、住宅地図を作ったのが会社の始まりですか?

高山)いや、もともとは大分の別府で、観光用雑誌『年刊別府』を作っていたのですよ。温泉地ですから、そこの紹介をする。場所が分からないから、巻末に1軒ずつ名前を付けたのです。それがウケて、「ウチも載せてくれ!」となって。
だから、前半の記事より、いちばん最後の地図の方が、みなさんに評価された、と聞いています。

黒木)創業は1948年。老舗でいらっしゃいますけど、最初観光用だったのが、別府からどんどん広がっていったのですか?

高山)いまの本社は小倉です。そこから住宅地図を作っています。きっと先代の創業者が、「日本全国を作るんだ!」という思いがあったのだと思います。

黒木)でも、それは途方のないことですよね。

高山)私もスゴイと思いますよ(笑)。

黒木)別府に限らず、全部作ってしまおう、と?

高山)当時、志して、そう思ったのでしょう。

黒木)そして、去年日本の全国地図が100%達成したのですね。

高山)はい。ようやく。実質、100%になったのは去年です。ただ、粗方98%くらいは、2000年になる前にだいたいできていました。ただ、どうしても山奥や島嶼群に行ったり調べたりは大変で、少し残っていたのです。その間、10数年残していたところを、去年に。東京都とかは10数年前に八丈島や大島は作ったのですが、父島や母島は作っていなかったのです。それを去年全部作りました。「作りたい!」と言う人が社内にもいたから、「じゃあ作ろう!」となったのです。


高山善司 / 株式会社ゼンリン代表取締役社長

長崎県出身。西南学院大学商学部卒業後、株式会社ゼンリンに入社。
営業部門を中心に歩み、2008年4月から社長に就任。
創業してから60年の歴史で、創業家以外の生え抜きのトップは初めて。


[株式会社ゼンリン]

大分県別府市で1948年「観光文化宣伝社」として創業。50年に善隣出版社と改称。
1952年から住宅地図を手がけ、80年には住宅地図の年間発行部数100万部を達成。
1984年からカーナビの研究開発に着手し、国内規格の統一にも関わり、全地球測位システム(GPS)を使った位置情報の提供のほか、自動運転やドローン操作向けの地図のシステム開発なども手がける。住宅地図は地域の状況を細かく把握するため、自治体や電力会社などでよく使われるほか、災害時の被災者救援活動や復旧活動でも活用されている。
またゼンリンはグーグルやマイクロソフトなどにもデジタル地図を提供。スマホやパソコンで見られる日本地図の多くがゼンリン製!
昨年6月には東京都の離島部にある7村の住宅地図帳を発売し、65年をかけて、全国1,741市区町村の住宅地図を網羅。カバー率・100%を達成した。

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