男子テニス・望月選手が記者会見で示した素質
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フリーアナウンサーの柿崎元子が、メディアとコミュニケーションを中心とするコラム「メディアリテラシー」。今回は、メディアを味方につける話し方について解説する。
ウィンブルドン・ジュニア日本人初
緑まぶしい芝のコートで試合を行うテニスのウィンブルドン。この地で16歳の日本の若者が、初めてジュニア部門の頂点に立ちました。ウィンブルドン・ジュニア、男子シングルス優勝の快挙を成し遂げたのは、望月慎太郎くん。3歳からテニスをはじめ、錦織選手と同じアメリカのIMGアカデミー(スポーツ総合マネジメント企業)でトレーニングを続けています。
これまで大きな試合に出たことがない望月選手は、知名度がありませんでした。しかし、今年(2019年)最初に出た大会でベスト4入りします。それはテニス選手であるなら必ず出場を目指す4大大会の1つ、フレンチ・オープンのジュニアでした。そして、1ヵ月後。同じく4大大会に数えられる、ロンドン近郊のウィンブルドンで初の優勝。輝かしい成績です。
優勝ともなると単独の記者会見があります。今回は、はじめての会見でメディアを味方につけることができた、彼の話し方を分析してみました。
堂々とした優勝会見をした16歳
緑と紫色のウィンブルドン色に塗られた縦のラインに、優勝トロフィーを重ねたデザインボードの前で、望月選手ははじめての優勝会見に臨みました。会見では一種のテクニックが求められます。それゆえに練習する必要があります。
IMGアカデミーでは一流選手を育てるにあたり、おそらくメディアトレーニングを選手に施していると考えられます。例えば最初は英語のインタビューでしたが、望月選手はキャスターのついた椅子で体を遊んでいるように動かしてしまっています。落ち着きがなく、カメラマン泣かせとも言える行動です。
しかしその後、日本語のインタビューになると手をテーブルの上に組み、ベテラン選手のような座り方と姿勢で語りました。この部分だけ切り取った場合、『堂々とした優勝会見』とタイトルが付きます。記者会見で記者の眼にどう映るか、それによってメディアにどう取り上げられるのか、取り上げられるとしたらどう料理された記事になるか、記事の書き方が違って来ます。いずれにしてもインタビュー中にしっかりと修正できたのは、練習の賜物ではないかと推測します。
コート上とは違う表情と声
望月選手はIMGの日本人トレーナーから、「慎ちゃん」と呼ばれていると聞きました。そういえば“クレヨンしんちゃん”の「のはらしんのすけ」に声のトーンや語り口が似ている気がします。童顔のわりには太目の声、少し間延びするような話し方に親しみが湧きます。
選手が普段どのような声で話すのか、話すときにどのような雰囲気をもっているのか。メディア側は、取材対象として会見に臨む選手を見ています。テニスをしているときとのギャップがあればあるほど興味が湧き、素材としての価値を見出すことになります。コート上とは違う優しい表情や柔らかい響きの声、そしてコメントが記者の心をつかみました。
冒頭のサプライズ
望月選手はインタビューの冒頭、「I am Shy」と話し始め、笑いを誘いました。欧米人はあまり自分のことをシャイだと言わないのでしょう。言い訳に聞こえるからです。記者たちも面食らったのかもしれません。しかし、このサプライズで一気に場がなごみました。
以前、イチローさんの引退会見でも第一声の話をしたことがありますが、つかみと言う冒頭のやりとりはとても重要です。イチローさんは「こんなにいるの? びっくりするわ」と緊張感を和ませました。このテクニックは、わかっていてもなかなかできるものではありません。
テニス界のレジェンドと言われるロジャー・フェデラー選手は、「つかみ」の達人でもあります。ウィンブルドンの5時間近い決勝を戦って敗れた彼は、コートインタビューでどんな試合だったかと聞かれ、「とても長くて中身の濃い素晴らしい試合でした。できれば忘れたいぐらいです」と、負けた悔しさを表して笑いを誘いました。
「つかみ」をどうするか。私たちが決してしてはいけないのは、言い訳をすることです。「急なご指名なので何も考えていないのですが…」「この場で話していいかわからないのですが…」「緊張するたちなのでうまく話せないのですが…」など、日本人は言い訳をしがちです。ハードルを低くしてよく見せようとする戦略ですが、これは逆効果です。話の信頼度が下がり、時間もかかります。大事な第一声で言い訳するのはもったいないのです。
望月選手の「I am Shy」は、言い訳ではなくサプライズでした。しかも短い。英語なのに日本人でもわかる単語は、大変効果的でした。
らしさにつながるエピソード
さて、望月選手は会見の締めでも楽しませてくれました。記者から「IMGアカデミーでテニスをしていないときは何をしているのですか? 何が好きですか?」と聞かれました。「うーん、そうですね」と少し考えてから、「YouTubeを見たり、あと、よくないかもしれないですけれど、お菓子は大好きなのでけっこう食べます」と告白。「何系が好きですか?」と続けて聞かれると、「チョコは大好きです」とはにかみながら答えました。
プロになれば、これから何年も活躍して行くアスリートです。そんな将来性のある選手はきっと自分にも厳しく、テニス以外の時間も有効に使っているに違いないという私たちの予想を、見事に外してくれました。それに対して「チョコが好き」とは、女の子のようなコメントです。
しかも大勢で寄宿生活をしていて、規律があるのではないか…という疑問も、「よくないかもしれないけれど」とさらりとかわしました。初々しさやあどけなさが残る、ほほえましいコメントでした。メディアは人間味のある望月選手らしいエピソードを求めています。それを垣間見ることができ、一気にファンが増えた瞬間だったと思います。
望月選手は試合後、コート上でも「らしさ」を見せています。すでに報じられていますが、三方向にお辞儀をするという動作です。メディアがこれを逃すはずがありません。日本人らしい礼儀正しさと伝えました。計算したわけではなく自然にこのような行動や返答ができる望月選手は、メディアにとってはうれしい存在であり、メディアとうまくコミュニケーションを取れたと言えるでしょう。
今後は、真摯に気持ちを表す、正確に振り返る、ポジティブに将来を話す。この3つのポイントに気をつけてインタビューのスキルを磨いてほしいと思います。活躍毎のインタビューを聞いて成長を応援するのも、ファンとしては楽しみと言えると思います。
連載情報
柿崎元子のメディアリテラシー
1万人にインタビューした話し方のプロがコミュニケーションのポイントを発信
著者:柿崎元子フリーアナウンサー
テレビ東京、NHKでキャスターを務めたあと、通信社ブルームバーグで企業経営者を中心にのべ1万人にインタビューした実績を持つ。また30年のアナウンサーの経験から、人によって話し方の苦手意識にはある種の法則があることを発見し、伝え方に悩む人向けにパーソナルレッスンやコンサルティングを行なっている。ニッポン放送では週1のニュースデスクを担当。明治学院大学社会学部講師、東京工芸大学芸術学部講師。早稲田大学大学院ファイナンス研究科修士
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