趣旨が伝わらない言葉の時差ボケを防ぐ方法
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「メディアリテラシー」では、フリーアナウンサー柿崎元子が、メディアとコミュニケーションを中心とするコラムを掲載している。今回は、「言葉の時差ボケ」について解説する。
先日、遅ればせながら健康診断に行ってきました。忙しいことを理由に延ばし延ばしにしていたのですが、期限が迫ってきた上に、ちょっと調子がいまいちな気がしていたので、思い切って出かけました。そもそも健康診断は思い切って行くものではありませんが、病院と言うと急に敷居が高くなってしまいこの日まで延期してしまいました。今回は健康診断で判明した「時差ボケ」についてのお話です。
健康診断の中で、今回初めて受ける検査は胃のX線検査、別名バリウム検査です。バリウムを胃粘膜に付着させて撮影し、その写真を見て診断する方法です。時々、胃が痛くなったりするため内視鏡検査は受けていましたが一応リスクを下げておこうかと奮起し、前の日は大好きなお酒を我慢して検査に臨みました。検査着に着替えて部屋に入ると、黒縁の眼鏡をかけたちょっとふくよかな男性が立っていました。
「833番の方ですね」「今からバリウム検査をします。そこに立ってください」と台を指さされました。緊張のあまり「あの、ど、どっち向くんですか?」と聞く私。カメラ側に背中を向けるはずもないのですが、すでに頭が混乱し意味のない質問をしています。次に、胃を膨らませて炭酸ガスを発生させる発泡剤を飲みます。ゲップを我慢しなければなりません。これだけでも苦しいのですが、最大の難関はバリウムですし、ゲップごときでメゲてはいけません。そしてすぐにその時はやってきました。「はい、ではこれを左手に持ってゴクゴク飲んでください」とマグカップ1杯の白い液体を渡されました。こんなに大量の粘着質の液体なんて嫌だな…とため息が出そうになりますが、ため息はゲップとなりそうなのでそれも我慢。そして目をつぶって懸命にのどに流し込みました―。
その後はご存知の方も多いと思いますが、転がったり、逆さになったり、うつぶせになったり。手を挙げたり下げたり、検査台の上でひとりで踊るイメージの検査を受けました。
【1.28%から胃がん発見】
厚労省の「平成27年度地域保健・健康増進事業報告」によると、(日本医師会HP)平成26年度に胃がん検診を受けた人は232万人余り。受診者のうち要精密検査となったのは7.54%。この中で1.28%の方から胃がんが発見されました。1%程度が多いのか少ないのかよくわかりませんが、胃がん自体は日本人に多いと聞きます。がん検診をうけていたからこそ発見につながるので検診は大事なことです。
健診のラストでは医師による説明がありました。部屋に呼ばれたのです。これまでは結果を郵送してもらっていたので違和感がありました。廊下の端にある診察室に行くように指示され、恐る恐るドアを引くと、ちょっと年配ですが細身の紳士。ひげをたくわえています。ダンディーな雰囲気です。「どうぞおかけください」という声は耳障りが悪くなく、とりあえず安心です。「きょうは11月に続いて2回目の健診ですね」—と話し始めました。
先生:写真を見てください。これが食道、この形があなたの胃です。バリウムを飲んだところで食道を通過しています。次にこちらの写真です。横を向いていますね。胃の形はこのように伸びていて、この脇のここ。見えますか?
ドキっとしました。何か見つかったのだろうか。急に心配になりました。
先生:ほら、この小さい穴のように見える部分―
私:何ですか?
先生:十二指腸です
私:あ~ …はい
先生:それからうつぶせになった写真がこちらです。ちょっと胃の影はみえにくいかもしれません。
ん?胃に影がある?!患部が良く見えているのかしら。私はどきどきしながら食い入るように写真を見ました。
先生:全体に大変きれいな胃ですね。特に問題ありません。ご自身で心配なことはありますか?
はぁー。先生の話し方が私は心配です。と言いそうになりました。
【結論・結末からがポイント】
お願いですから結論を先に言いましょう。私たちは時系列で話すことに慣れていて、結論があとになりがちです。特に相手に知識が不足している場合には、まず状況説明をするため大事なことはその後になります。しかしこれは得策ではありません。話の核心にあたる結論や結末を先に言うことが重要なのです。患者にとっては最も知りたいことは病気なのかそうでないのか。それを聞いた上で患者は次の話に耳を傾けることができます。なぜ大切なことを先に話さないとダメなのでしょう。それは私のように想像力を働かせる「時間」ができてしまうからです。特に、心配な気持ちをもっている人は想像する時間が長ければ長いほど、ネガティブワールドが広がってしまい、逆の方向に考えてしまうのです。
明確に誤解なく相手に話の内容を伝えるには、誤解への道のりを断ち切らなければなりません。先生が写真の解説をしてくれている間、私は誤解への道のりを歩いていました。自分のX線写真を見てもどれが胃の正しい位置なのかわからず、変形しているのではないだろうか。この黒っぽい塊は何なのだろうか?などマイナスの思考になっていました。結論までの間に時間がかかると大切なことがボケでしまいます。これを私は「時差ボケ」と呼んでいます。もっと早く異常がないことがわかればこのようなボケはなかったでしょう。
【言葉はその場で消えていく】
口から出た言葉は録音でもしない限りその場で消えていきます。結論をあとにして理由から話しても、すぐに忘れていくため頭に残りません。一方、結論から話した場合は、次に続く理由が紐づいていることから確実に伝わるのです。会話が進んでも一番大事な結論は忘れることがありません。そのあとに話したことは全て補完することになるため頭に残っていくのです。もし先生が「異常ありません」と言った後に説明に入ったなら、胃の正しい位置や逆から見る意味なども頭に入ったかもしれません。
このように私たちは結論から話すことを苦手としています。日本語の構造上、述語が最後に来ることもその一因でしょう。学校では「読む」「書く」ことしか習わず、「話す」「聞く」に関する授業はありません。海外のようにディベートがあれば上手に話せるようになったかもしれないと思いますが今更ですね。話が長い、言っていることがよくわからないと言われたり、言いたいことが上手く伝わらないと感じるなら、話の中で最も大事なこと、すなわち結論から話すことを心がけてみてください。報連相の場面などでも是非使ってみましょう。手ごたえを実感できるでしょう。
連載情報
柿崎元子のメディアリテラシー
1万人にインタビューした話し方のプロがコミュニケーションのポイントを発信
著者:柿崎元子フリーアナウンサー
テレビ東京、NHKでキャスターを務めたあと、通信社ブルームバーグで企業経営者を中心にのべ1万人にインタビューした実績を持つ。また30年のアナウンサーの経験から、人によって話し方の苦手意識にはある種の法則があることを発見し、伝え方に悩む人向けにパーソナルレッスンやコンサルティングを行なっている。ニッポン放送では週1のニュースデスクを担当。明治学院大学社会学部講師、東京工芸大学芸術学部講師。早稲田大学大学院ファイナンス研究科修士
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