部下に伝わらない理由は上司にある

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「メディアリテラシー」では、フリーアナウンサー柿崎元子が、メディアとコミュニケーションを中心とするコラムを掲載している。今回は、部下に伝わりやすい指示の仕方などについて解説する。

部下に伝わらない理由は上司にある
「あ、ここ、よろしければどうぞ」

目の前の1人の若者が、耳からイヤホンを外しながら立ち上がりました。山手線はそこそこ空いていて、私と夫は3つ先の駅を目指していました。腰痛がある夫はすぐに空いている座席に座り、私は夫の前に立って吊革につかまり話をしていたときです。
私が「いいえ、すぐなので大丈夫です」と言うと、彼は「僕はそっちに座ります」と言い、向かい側でひとつだけ空いている座席を指さしました。隣同士で話した方が話しやすいだろうという心遣いでしょうか、席を譲ってくれたのです。

このとき、私は2つのことに驚いていました。ちょっとチャらい若者なのに(失礼!)なんて気が利くのだろうということ。もうひとつは、よく聞こえる声で「よろしければどうぞ」と発話したことです。

知らない相手に話しかける際、人間は少し躊躇して声が小さくなります。その上、席を譲るという行為はやや気恥ずかしく、ジェスチャーで指し示せば済むのにも関わらず、「よろしければ」と押し付けがましくない丁寧な言葉を入れ、さりげなく言葉を発したのです。偉いなと感じた出来事でした。


【近頃のわかいもんは…】

さて、この「気が利く若者」という表現について、今回は違った見解を話したいと思います。
年長者が若者を批評的な目で見て、自分の杓子に当てはまるかどうかの判断をする際に、「近頃のわかいもんは…」と口から出て来ます。私も前述の彼に対し、そう見ていたことを反省しなければなりません。

実は、諸説ありますが、古代エジプトの遺跡から見つかった粘土板の書簡に「最近の若者はけしからん、自分が若い頃は…」という内容のことが象形文字で書かれていたという話があるそうです。どの時代でも若年層を自分の同年代と比較して、いいか悪いか判断する思考回路があるのだなと思うと、人間は進化していないと考えたりします。むやみに、若者=気が利かないとカテゴライズするのは、新しいものを受け入れる柔軟性が失われている証拠なのだと思います。


【気が利かない、判断できない】

部下に伝わらない理由は上司にある
組織内で働いていると、上司にあたる年長者が部下や新人に対して思う感覚の筆頭は、この気が利く、利かないことかもしれません。それに追随して、判断できない、優先順位がわかっていないなどがあげられます。

仕事上でいくつかのプロジェクトが一緒に動いている場合、上司はひとつずつ部下に仕事を指示しますが、部下の机の上には、それらが山のように大量の仕事として積みあがっています。どれから順番に処理したらよいのか、判断に迫られます。勢い、いま言われたものから処理して「できました」と持って行くことになり、「それはもっとあとでよかったのに」と苦笑することになります。

これが1人の上司の指示ならまだよいでしょう。プロジェクトごとにリーダーがいて、それぞれの判断を仰がねばならない場合は、さらに困ることになるのです。もし「本日中」の期限を付けた場合は、結局、きょう中に終わらせる必要から残業をしなければならなくなり、追い込まれた部下はストレスをかかえ、健康にも害を及ぼすことになりかねません。


【相手を批判する前に反省する】

部下に伝わらない理由は上司にある

ここで反対側の立場で考えてみましょう。つまり指示する側の伝え方です。
私は気の利かないことが悪いのではなく、上司の説明が悪いと思っています。会社内にはヒエラルキー(ピラミッド型の階層組織)があり、底辺とトップでは情報の格差があります。当然知っているもの…と思うことを部下が知らないことがあります。勤務年数が違うのですからあって当たり前です。

しかし、「知っていて当然」という思い込みが、部下の理解度を妨げているとは思いませんか? 気を利かせろ、予想しろ、阿吽の呼吸で行けと言われても、知らない事を予想するのは無理というものです。私たちは知らないことを前提に、話す必要があるのです。つまり上司は部下への説明が十分にできていないと認識しなければなりません。

「説明力」や「ロジカルな話し方」「1分で話す技術」などの本が、常に売れていることを考えると、私たちは言葉で説明をすることを得意としていないようです。年長者が様々な知識を持ち、経験を有しているのは当たり前のこと。知らないという人たちに対して、わかりやすい言葉で丁寧に全体を説明する技術こそ求められているのではないでしょうか。


【全体像を示す話し方】

部下は末端の作業の話だけをされるので、何が優先順位が高いのかわかりません。気を利かせて何かしようにも、先が読めないため自分の判断で行動を起こすことは難しくなります。指示したことにしか答えられなくなります。

そこで大事なのは「全体像を示す」ことです。何を目的に作業をするのかがわからないと、判断や意思決定はできないものなのです。山登りは頂上が見えているので、どのぐらいのスピードや体力配分で登って行けばよいか判断できます。しかし、いつまで登ってどこが頂上なのかわからなければ、上手く動けないのではないでしょうか。

話し方の順序として、逆三角の図を想像してみましょう。この場合、一番上には、全体像、その下に次に大事なこと(自部署の役割や現在の立ち位置、そして部下への具体的な指示など)という順番です。下から積み上げる方式で詳細から話すより、大枠の話からブレイクダウンした方が内容を理解しやすいのです。報告、連絡、相談すべての場面で使える順序ですので覚えておくとよいでしょう。

日々忙しいなかでは具体的な指示だけを話しがちです。時間をかけず的確に大事なことを伝えるためには、まず全体像を示すこと。これを心がけるだけで気が利く部下に変身することでしょう。

部下に伝わらない理由は上司にある

連載情報

柿崎元子のメディアリテラシー

1万人にインタビューした話し方のプロがコミュニケーションのポイントを発信

著者:柿崎元子フリーアナウンサー
テレビ東京、NHKでキャスターを務めたあと、通信社ブルームバーグで企業経営者を中心にのべ1万人にインタビューした実績を持つ。また30年のアナウンサーの経験から、人によって話し方の苦手意識にはある種の法則があることを発見し、伝え方に悩む人向けにパーソナルレッスンやコンサルティングを行なっている。ニッポン放送では週1のニュースデスクを担当。明治学院大学社会学部講師、東京工芸大学芸術学部講師。早稲田大学大学院ファイナンス研究科修士
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