それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
北区滝野川の「トキハソース」は大正12年、関東大震災が起きた年に創業しました。あと2年で100周年を迎えるというソースメーカーです。ソースひとすじ98年と思いきや、3代目の田口伊津子社長はこう語ります。
「長い間には、ドレッシングの開発にも挑戦したことがあったようです。でも、ドレッシングの専門メーカーにはとてもかなわないんです。その結果、震災から立ち上がろうとしていた日本人を『食』の面から励ましたいという創業者の思いが、ソースひとすじにつながりました」
田口社長の祖父(小倉榮男さん)は、もともと洋食のコックさんだったそうです。とんかつやコロッケの出現など、急速に変わりつつあった食文化のなか、それにかけておいしく食べるというソースは、まだまだ未開発のゾーンだったそうです。
玉ねぎ、にんじん、ショウガ、セロリ、トマト、リンゴなどの野菜や果物を、1からブレンドしてゆく積み重ねによって、ソースづくりを始めたと言います。
「トキハソース」の大きな特徴の1つは、材量の保存技術がいかに進んでも、頑固に生野菜からつくること。一口なめてみればわかります。まろやかな味わいのなかに、何とも言えないうま味があるのです。
小倉家の3人兄妹の末っ子だったという、田口伊津子社長は振り返ります。
「社員40名のトキハソースは、3分の1が親族なんです。でも、末っ子の私が継ぐことになるとは夢にも思いませんでした。ところが、兄が大病を患っていたため、後継ぎは難しかったんです。父はずいぶん悩んだようで、その姿を見て思わず『私、できます!』と言ってしまいました。品質管理の部門で入社していたんですが、父もよく決断したと思います。もう15年も前のことです。でも、アッという間でした」
こうして、トキハソースを背負うことになった田口社長。そこには女性ならではの苦悩が多々あったと同時に、女性ならではの心配りもありました。
たとえば田口社長は、ソースづくりをこのように考えるそうです。
「ソースの味は『あまい・しょっぱい・すっぱい・からい・うまい』という、5つの味がバランスよくミックスされてできていますが、人材育成にも同じことが言えると思います。あまいだけでは人は育たず、すっぱいだけでも人はついて来ません。ときには、からい苦言を呈することもあれば、うまいと褒めて自信を持たせることもあります。誰かが『俺が、私が』と我を通した途端、組織のバランスは崩れ、味はまずくなってしまいます。ソースは食卓の脇役ですが、脇役がおいしくないと、主食の味も台無しになる。ソースは、とても重要な役割を担っています」
もちろん、この信念だけで会社運営がうまく行くわけではありません。何事もトップダウンで決めることができた2代目社長の父は、統率力と決断力に秀でた人だったと言います。田口社長が抱いていた社長のイメージは、父親のような人だったそうです。
ところが、自分にはそれができない。「この先どうなるのか? 社員の暮らしを支えて行くことができるのか?」……そんな不安に押しつぶされそうな田口社長を支えてくれたのは、息子さんのこんな言葉だったと言います。
「100人の社長がいたら、100通りの顔があるはず。いろいろな社長がいてもいいと思う。1年ずつ社長の顔になって行けば、それでいいんだよ」
この言葉に励まされた田口社長は、キリリと前を向くことができたそうです。
「父がトップダウンの社長だったのなら、私はボトムアップの人でありたい」
こうして生み出されるトキハソースの主力商品は、ウスター、中濃、濃厚の他に、3種類の「生ソース」と「特選ウスターソース」。大量生産はしていないので、ホームページのオンラインショップ、ネット通販、そして滝野川本社工場前に設置された珍しい「ソースの自販機」で入手可能です。
ちなみにトキハソースの名前は、いつも青々としている常緑樹(常盤木)から取られたのだそうです。
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