「同日金メダル」の陰で……技を進化させた阿部兄妹の努力

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話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は7月25日、東京五輪・柔道で「兄妹同日金メダル」の快挙を達成した、阿部一二三選手・阿部詩選手にまつわるエピソードを取り上げる。

【東京五輪2020 柔道】金メダルの阿部一二三と阿部詩=2021年7月25日 写真提供:産経新聞社

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「この大会だけを目指して日々努力してきたので、私の努力がやっと報われて良かったです」

~『朝日新聞デジタル』2021年7月25日配信記事 より(阿部詩 女子52キロ級決勝後のコメント)

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「歴史に名を刻めたというか、歴史を塗り替えられたと思います」

~『スポニチアネックス』2021年7月25日配信記事 より(阿部一二三 男子66キロ級決勝後のコメント)

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開幕から日本勢の金メダルラッシュが続いている東京五輪。特に日本国内のみならず、世界でも話題になったのが7月25日、「きょうだいが同じ日に金メダルを獲得」という偉業を達成した柔道・阿部一二三・詩兄妹です。

夏季五輪では過去に例のない快挙で、これは日程も味方しないとできないこと。しかも国内開催の五輪で、です。兄妹ともに1つも負けが許されない状況で、千載一遇のワンチャンスをつかんだことは、ただただ拍手です。

東京五輪の日程が発表され、男子66キロ級と女子52キロ級の決勝が同じ日になったときから「2人で同じ日に金メダルを獲る」ことが阿部兄妹の大きな目標となりました。新型コロナ禍で大会が1年延期になるという想定外の出来事もありましたが、ともに鍛練を重ね、夢を実現させたのです。

このコラムでも昨年(2020年)2月末に、2人の「同時金メダル」の夢と、お互いに刺激し合う兄妹の絆について取り上げたことがあります。あのときは五輪が延期になる前で、しかも兄・一二三の五輪出場はまだ決まっていませんでした。同じ男子66キロ級のライバル・丸山城志郎との成績比較が甲乙付けがたく、この階級だけ代表決定が保留になっていたからです。

代表の座は2人の直接対決で決めることになり、その決戦も延期になりましたが、昨年暮れ、講道館での24分に及ぶ死闘を経て、一二三が代表権をつかんだのはご存知のとおり。もし一二三が負けていたら、その時点で夢はついえていました。兄妹ともに「絶対負けられない戦い」をすべて乗り越えた末に、今回の快挙があるのです。

特筆すべきは、2人が大会中、ずっと集中力を切らさずに戦い抜いたこと。そして新型コロナ禍で実戦はおろか練習すらままならず、五輪の開催すら危ぶまれていた時期に、逆境をプラスに変えたことです。

今大会、ともに金メダル候補の筆頭となり、海外のライバルたちに目標とされた阿部兄妹。当然、相手も徹底的に研究して来ます。五輪が1年延期された期間、2人は自分の柔道を改めて見直すことに努めました。ともに攻めの姿勢を貫くスタイルですが、それだけでは足下をすくわれてしまいます。

阿部兄妹の代名詞とも言える得意技が「袖釣り込み腰」です。通常の袖釣り込み腰は、相手の襟と袖を持ってかける技ですが、阿部兄妹の場合は相手の懐に素早く潜り込み、両袖を持った状態で繰り出すのが特徴。兄・一二三のスタイルを真似て、詩もこの「阿部流・袖釣り込み腰」を自分のものにし世界選手権を2度制覇。兄と並んで世界のトップに上りつめました。

となれば当然、この技も研究されます。2019年11月、妹の詩がグランドスラム大阪の決勝でフランスの選手に敗れ、外国選手相手の連勝が「48」で止まったのは、両袖を取られないよう相手が周到に対策を練って来たからでした。悔し涙を流した詩。しかし、敗戦をしっかり自分の糧にするのが彼女のタフなところです。

1つの技を封じられても、そのことで違う技がかけやすくなるかも知れない。小外刈りなど足技を磨いたり、相手を畳に引きずり込むために巴投げの練習をしたり、貪欲に新たなチャレンジをして引き出しを増やして行った詩。

決勝のアマンディーヌ・ブシャール(フランス)戦は、4分間で勝負がつかず、ゴールデンスコア(延長戦)にもつれこむ激戦になりました。慌てず流れが自分に来るのを待ち、一瞬のスキを突いて寝技に持ち込んでの勝利。かつては寝技が苦手だったことを考えると、成長の跡を感じさせる金メダルでした。

「(ブシャールは)本当にライバルであり、尊敬する選手なので最後の相手にふさわしいな、と思いながら、勝てて良かったです」

~『朝日新聞デジタル』2021年7月25日配信記事 より(阿部詩 女子52キロ級決勝後のコメント)

また兄の一二三も、攻め続ける自分のスタイルは変えない一方で、袖釣り込み腰への警戒心を巧みに利用し、相手を翻弄して行きました。初戦(2回戦)は大外刈りで一本勝ち。準々決勝は、袖釣り込み腰かと思いきや、一転、大外刈りで技ありを奪い優勢勝ち。準決勝では一本背負いを鮮やかに決め、決勝のバジャ・マルグベラシビリ(ジョージア)戦は大外刈りでの優勢勝ち。まさに王者の貫禄を示す、堂々の金メダルでした。

「きょうは本当に落ち着いて冷静に自分の柔道ができて、その中でもしっかり前に出て、一本取りに行く柔道が出せたので、とてもよかったと思います」

~『スポニチアネックス』2021年7月25日配信記事 より(阿部一二三 男子66キロ級決勝後のコメント)

相手が警戒し、なかなか組んでくれなくても、ワンチャンスを見逃さず、しっかり勝負をものにした一二三。妹と誓い合った「同日金メダル」を果たそうという思いが、その集中力にさらに磨きをかけました。

互いに刺激を受け、切磋琢磨しあう阿部兄妹。成長の跡を感じたのは、2人が金メダルを獲った直後のコメントです。

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「まず、やはりこのような状況で、たくさんの人のおかげでこのオリンピック開催までたどり着いて、畳の上ではガッツポーズとか笑顔はと思っていたんですけど、いろんなこと考えると、たくさんの思いがこみ上げてきました」

~『AERA dot.』2021年7月26日配信記事 より(阿部一二三 男子66キロ級決勝後のコメント)

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「東京オリンピックが開催されるかわからなかった状況でしたけど、このように開催していただいて、金メダルを取ることができた」

~『AERA dot.』2021年7月26日配信記事 より(阿部詩 女子52キロ級決勝後のコメント)

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勝利の喜びを伝えたいのはもちろんですが、まず周囲への感謝を忘れなかった2人……無観客ではありましたが、悲願達成は、勝負の場をつくってくれたスタッフおよび関係者の努力なしには成し得ませんでした。「柔の心」は以心伝心、兄から妹へと伝わっているのです。


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