夢は「兄妹同時金メダル」~東京五輪に懸ける阿部詩・一二三の絆

By -  公開:  更新:

話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。本日は、2月27日に初のオリンピック代表が内定した、女子柔道52キロ級・阿部詩(うた)選手と、兄妹同時金メダルを狙う、兄・阿部一二三(ひふみ)選手にまつわるエピソードを取り上げる。

【柔道グランドスラム デュッセルドルフ大会 第1日】女子52kg級で優勝した阿部詩と男子66kg級で優勝した阿部一二三(右)=2020年2月21日、デュッセルドルフ・ISSドーム 写真提供:産経新聞社

「ようやくスタートラインに立てた。人生最大の目標である東京五輪金メダルへ、人生をかけて戦いたい。東京五輪では、いちばん強い自分を見せたい」(阿部詩)

新型コロナウイルスの影響で、各スポーツの競技会・大会が軒並み中止・延期に追い込まれていますが、そんななか、7月24日に開幕する東京五輪の代表選考は着々と進められています。

27日には全日本柔道連盟が、東京・講道館で強化委員会を開き、男女計12選手を東京五輪代表に選出。これで、昨年(2019年)11月に内定を勝ち取った女子78キロ超級・素根輝を合わせて、男女13階級の代表が決定。唯一発表されなかった男子66キロ級を除いて、柔道日本代表の顔ぶれがほぼ決まりました。

従来、柔道の五輪代表は、4月に行われる「全日本選抜体重別選手権」が終わった後に発表されて来ましたが、今回は国内開催の五輪ということもあり、全柔連は代表を早々と決定しました。「準備期間をたっぷり与えるので、全員が至上命題の“金メダル”を目指してほしい」という強い意思を感じます。

今回の選考基準は、あくまで大会での結果重視。「誰が最も金メダルに近いか」という視点で、シビアな選考が行われました。実力がありながら落選した選手も多く、「いつもなら4月にもうワンチャンスあるのに……」という声も。

会見に出席した日本代表・井上康生監督は、惜しくも選ばれなかった選手の名を挙げながら、涙を流す場面もありましたが、選ぶ側も断腸の思いだったことが窺えます。

どの階級も、実績のある猛者が並ぶなか、注目は初めて五輪代表に選ばれた、女子52キロ級の阿部詩です。日体大所属の女子大生で、2000年7月14日生まれの19歳。東京五輪の開幕直前に、ちょうど20歳になります。

阿部詩は、まだ女子高生だった2018年、アゼルバイジャンで行われた世界柔道選手権で、52キロ級に出場。初出場にもかかわらず堂々の戦いぶりを見せ、4戦連続一本勝ちで決勝戦に進むと、前年(2017年)優勝した志々目愛に、延長の末、またも一本勝ちで勝利。「5試合オール一本勝ちで世界女王」という快挙を成し遂げました。

これに奮起したのが、同じ大会に出場していた詩の兄・阿部一二三です。こちらも、妹の活躍に刺激され、男子66キロ級を制覇。「兄妹アベック優勝」を果たしました。世界選手権で、男女のきょうだいが同時優勝を飾ったのは、日本柔道界初の出来事。これで「東京五輪での兄妹金メダル」も、十分実現可能な夢になったのです。

5歳で柔道を始めた詩は、常に3つ上の兄・一二三の背中を追いかけながら、柔(やわら)の道を歩んで来ました。中学生のときに全国優勝を飾り、兄に負けじと目覚ましい活躍を続けて来ましたが、高校1年のときに、初めて大きな挫折を味わいました。

断然の優勝候補、と注目されていた全国高校総体(インターハイ)。何と、1回戦で反則を取られ、あっけなく敗れてしまったのです。このときは悔しさのあまり、1週間近く泣き続けたという詩。泣きながら兄に電話すると、こう励ましてくれたそうです。

「こんな負けで落ち込むな! 次、頑張ればいい。まだチャンスがあるんだから」

実はこのとき、一二三もリオ五輪の代表選考から漏れてしまい、辛い日々を過ごしていました。自分が辛い状態でも、励ましてくれた兄の言葉が「すごく心に響きました」と言う詩。気持ちを切り替えて稽古に励んだことが、世界選手権での鮮烈デビューにつながりました。2019年の世界選手権でも、詩は52キロ級で連覇を果たしています。

ところで、先ほど「男子66キロ級だけ代表が未定」と書きましたが、実はこの階級こそ、兄・一二三が戦うクラス。なぜ唯一、代表決定が保留になったかというと、「甲乙付けがたい候補が2人いて、選びきれなかった」からです。1人は、もちろん阿部一二三。もう1人が、ライバルの丸山城志郎です。

一二三は、2017・2018年と世界選手権を連覇。圧倒的な強さを誇っていましたが、そこに待ったを掛けたのが丸山でした。一二三は、2018年11月のGS(グランドスラム)大阪から丸山に3連敗を喫し、3連覇を狙った昨年の世界選手権でも、準決勝の直接対決で敗れています。勢いに乗った丸山は、金メダルを獲得し世界王者に。一二三は、東京五輪代表争いで丸山にリードを許し、崖っ縁の状況に追いつめられました。

しかし「妹と東京で一緒に金を獲る」のが目標の一二三は、ここから巻き返します。負けたら五輪出場が絶望的になる昨年のGS大阪・決勝戦で、丸山にリベンジ。今年(2020年)2月のGSデュッセルドルフも制し、井上監督が「66キロ級の代表は横一線」と言う状況に持ち込みました。

ところが……この大会中に一二三は、左手親指の脱臼と靱帯損傷のケガを負っていたことが判明。一方、丸山も2月上旬に左ヒザの内側側副靱帯を損傷し、GSデュッセルドルフを欠場しただけに、「どちらを五輪代表にしたらいいんだ?」と強化委員たちが悩みに悩んだのもよくわかります。

結局、強化委員会が出した結論は、4月に福岡で行われる「全日本選抜体重別選手権」の直接対決で決める、というものでした。井上監督が「勝った方が五輪代表」と言い切った一発勝負。もし一二三が負ければ、その時点で「兄妹で東京五輪金メダル」の夢は消滅します。

両者のケガの具合は、丸山より一二三の方が軽度と見られていますが、指のケガは稽古に大きな影響が出る箇所であり、状況は五分五分でしょう。阿部詩は、代表内定会見で、兄にこんなエールを送りました。

「私にできることは、お兄ちゃんを信じること。お兄ちゃんなら、絶対に決めてくれる。2人で目標にした東京五輪は、一緒に挑みたい」

ちなみに……東京五輪の柔道・男子66キロ級決勝と、女子52キロ決勝はともに7月26日。同じ日に開催されます。果たして、兄妹の悲願は叶うのか? 4月、阿部一二三・丸山の両者が、万全の状態で決戦を迎えられることを心から祈ります。

Page top