ウクライナ情勢、宇宙開発への影響は?

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「報道部畑中デスクの独り言」(第286回)

ニッポン放送報道部畑中デスクのニュースコラム。今回は、ウクライナ情勢と宇宙開発への影響について---

ソユーズ宇宙船 金井宣茂宇宙飛行士が搭乗した(2018年6月3日撮影 JAXA・NASA提供)

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ロシアがついにウクライナに侵攻しました。3月4日にはウクライナ最大規模の原発への攻撃というあるまじき行為がありました。事態は刻一刻と変わっています。人道的な問題はもちろんのこと、世界経済などさまざまな分野に影響を与えていますが、それは地球上にとどまりません。宇宙の世界にも影を落としつつあります。

ロシアはソユーズロケットを持っており、有人宇宙飛行にも使われていますが、イギリスのスタートアップ企業が予定している衛星の打ち上げについて、ロシアの国営宇宙開発企業「ロスコスモス」がイギリスのロシア制裁を理由に、ソユーズによる打ち上げに厳しい条件をつけたと、海外メディアが伝えています。

そして、ISS=国際宇宙ステーションの今後が気になります。

「同盟国であるアメリカNASAを含め、ISSの運営についてはさまざまな検討すべきファクターがある。国際情勢が非常に流動的になっている。さまざまな状況を想定した上で適切に対応したい」

小林鷹之宇宙政策担当大臣は、3月4日の記者会見でこのように述べました。ISSの今後について、元JAXA国際部参事の辻野照久さんは、何が話し合われているかは当事者でないとわからないとした上で、「むしろ何も話し合われておらず、計画通り粛々と活動が進められている可能性が高い」と分析します。

注目されるのは3月18日。予定されているソユーズ有人宇宙船が無事に打ち上げられるかどうかということです。打ち上げられない場合のシナリオとしては、次のようなことが考えられます。

その後、ISSにドッキング中のソユーズがそのまま3月30日に予定通り帰還した場合、ISSに滞在するロシア人宇宙飛行士はいなくなります。帰還するソユーズにはアメリカ人宇宙飛行士も搭乗する予定で、仲よく帰って来られるかどうかもわかりません。一方、暫定的に宇宙飛行士の滞在を延長し、紛争の解決を待つという選択肢もあり得ます。

経済制裁が続き、紛争が長引けば、ロシアの宇宙活動が立ち行かなくなる可能性もあります。仮にロシアがISSの協力関係から離脱した場合はどうなるのか? ソユーズの他、ロシアの物資補給船「プログレス」の交代がなくなり、運用の大幅な見直しは避けられません。

辻野さんによると、プログレスは物資の補給船であると同時に「衛星」でもあり、エンジンが搭載されています。エンジンは自動ドッキングや切り離し後の再突入の他、ISSの推進力としても使われています。さらに、プログレスはISSの運用で生じるゴミを蓄積して最後、大気圏突入時に燃え尽きます。そのゴミがいっぱいになるまではISSに接続され、その間、必要に応じてISSの高度上昇にも使われるということです。

国際宇宙ステーション(NASA・JAXA提供)

国際宇宙ステーション(NASA・JAXA提供)

ISSの姿勢制御や高度の維持を担っているのは、ロシアとNASAにあるISSのミッション管制センターですが、プログレスの運用に関してはロシアに依存しているとみられます。よって、ロシアが国際協力から離脱した場合、ISSの姿勢制御や高度維持ができなくなる可能性が出て来ます。

ロスコスモスのロゴジン社長は、「制御不能で落下するリスクを負う覚悟があるのか」と強弁。ヨーロッパやロシアが利用する南米の宇宙基地から引き上げる意向も示していると伝えられています。

プログレスの代わりとして考えられるのは、同じくエンジンが搭載されたアメリカ・スペースXのドラゴン宇宙船ですが、ISS接続中にうまくエンジンを噴射し、高度を維持できるかが課題です。そして、ドラゴンの管制をNASAが適切に実施することが必要になります。

その他にもロシア側に依存しているミッションは多々あると思われます。ISSは2030年までの運用延長が検討されていますが、最悪の場合は滞在する宇宙飛行士を帰還させたあと、ISSを放棄してしまう可能性もゼロとは言えません。

日本の年間400億円と言われるISSの運営費用にも影響が出る可能性があります。JAXAはISSについて、「国際宇宙基地協力協定のもと、ロシアを含む国際パートナーとの間で緊密に協力して来ており、さまざまな国際情勢の変化においても、着実に建設と運用を進めている」と現状維持を強調しました。その上で、現在のウクライナ情勢については「注視しているところではあるが、ISS運用に大きな影響が出ているという状況ではない」とコメントしています。

ISSは1998年に建設が始まり、2011年に完成しました。現在、ロシア、アメリカ、ヨーロッパ、日本、カナダの5つの宇宙機関、国にして15ヵ国が参加しています。冷戦終結後のプロジェクトであることから、国際協調、平和の象徴と言われますが、そのルーツはアメリカの「フリーダム計画(後にアルファ計画に変更)」、ソ連の「ミール」による宇宙滞在など、冷戦前にさかのぼります。その後、ソ連崩壊、各国の財政難などを経て、1998年のISS協定署名に至ります。

各国の思惑や政治的事情もからむ微妙なバランスの下で、現在の国際協調があるわけです。最近では、将来の月面探査をめぐり、アメリカ主導とされる「アルテミス計画」に対し、ロスコスモスが参加に慎重な姿勢を示しました。また、昨年(2021年)11月にはロシアが地上からのミサイルで旧型の衛星を破壊する実験を実施し、大量のデブリ=宇宙ゴミを発生させました。

さらには、ISSの枠組みから外れている中国が独自の宇宙ステーション計画を進めています。宇宙開発をめぐり、ギクシャクしている各国の関係ですが、今回のウクライナ問題で、その溝がさらに深まることが懸念されます。

JAXAでは新しい宇宙飛行士を募集し、3月4日に応募が締め切られました。応募総数は1563名、女性はその2割にあたります。応募条件が緩和されたこともあり、前回2008年より600人も多い応募となりました。こうした将来への取り組みが着々と進む一方で、足元では重い課題を抱えています。

宇宙開発担当の記者としても、ISSは国際協調、平和の象徴として存在して欲しいと願ってやみませんが、地球上の出来事でそれが“幻想”となる可能性も否定できません。そういった視点でも、今回のウクライナ侵攻は許されない暴挙であり、怒りを禁じえないところです。(了)

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