話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、10月13日、クライマックスシリーズ(CS)・ファイナルステージで決勝アーチを放った、東京ヤクルトスワローズ・村上宗隆選手と、オリックスバファローズ・杉本裕太郎選手にまつわるエピソードを紹介する。
現在進行中のCSファイナルステージ、先に4勝した方が日本シリーズ進出が決まります。13日はセ・パともに第2戦が行われました。
12日の第1戦はセ・パともに、優勝チームのヤクルトとオリックスが先勝。第2戦に勝てば、アドバンテージの1勝を加え「3勝」。日本シリーズ進出に王手がかかります。一方、阪神・ソフトバンクは何とか一矢報いて、勝ち上がってきた勢いを取り戻したいところ。まさにCSの行方を左右する大一番でした。
『その前の守備もすごく短く終わってくれて、すごくいい流れであの回攻撃できたんで、なんとか点が入るだろうと思って見ていたので、ここで打つしかないと、気持ちで打ちました』
~『日刊スポーツ』2022年10月13日配信記事 より(村上のコメント)
神宮球場で行われたセのCSファイナルステージ第2戦、ヤクルト−阪神。この日の神宮は開始前から雨が降り、プレイボール直後から本降りに。初回にいきなり試合が38分間も中断し、選手たち、特にピッチャーにとってはコンディションの維持が難しい状況になりました。
試合は初回、阪神が近本のタイムリーで1点を先制。追うヤクルトは、3回、2死一塁の場面で、4番・村上に打順が回ります。阪神の先発は8年ぶりのCS勝利を目指す藤浪でした。藤浪は今季レギュラーシーズンで村上に対して4打数ノーヒットと分がよく、村上にとっては厄介な相手でした。
藤浪と梅野のバッテリーは1発を警戒し、アウトコース中心の慎重な配球を続けます。フルカウントから、藤浪が投げた1球は、外角低めいっぱいのストレート。見逃せば四球だったかも知れませんが、村上はあえて振りにいきました。すくい上げるような形で放った打球は、雨粒を振り払うようにレフトスタンドへ飛び込み、逆転2ランに。村上にとってCS初となる1発でした。
繰り返しますが、阪神バッテリーは十分すぎるほどホームランを警戒。藤浪の投じた球は決して失投ではなく、むしろ「渾身の1球」でした。あの外角低めいっぱいのボールを逆方向へ打ち返してスタンドインさせるのは、村上ぐらいでしょう。藤浪が茫然としたのも無理はありません。
藤浪は結局、この回限りで降板。これで勢いに乗ったヤクルトは、2番手の西純矢から4回に長岡がソロ、5回にオスナが2試合連発の2ランを放ち、完全に試合の主導権を握りました。
阪神も終盤に反撃しましたが及ばず、5-3でヤクルトが勝利。アドバンテージの1勝を含め3勝0敗となり、2年連続日本シリーズ進出に大きく前進しました。お立ち台に上がった村上は力強く、こう宣言しています。
『とにかくこの短期決戦は勝てれば良いということで、状態がいい人も悪い人も勝ちに向かって頑張っているので、チーム一丸頑張ります!』
~『日刊スポーツ』2022年10月13日配信記事 より
「短期決戦は勝てればいい」「チーム一丸頑張ります!」……この言葉の裏には「勝つんだ」という強い意思と、「自分がチームを引っ張っていくぞ」という主砲としての決意が窺えます。
思えばシーズン終盤、9月13日の巨人戦で「54号・55号」を打ったあと、10月3日の今季最終戦・最終打席で日本選手最多の「56号」を放つまでパタッとホームランが出なくなり、打率も急降下。思わぬスランプに陥った村上。リーグ連覇は間違いない状況でしたが、「村上がこのままだとCS、ちょっとヤバいんじゃないの?」という声も聞こえてきていました。
56号を打って取り戻した「いい感触」をそのまま、CSでも維持できるのか? これは日本シリーズにも影響してくる問題でした。その意味で、難しいコースの球を仕留め、試合をひっくり返したこの「CS初アーチ」は、村上にとっても、チーム初の日本シリーズ連覇を目指すヤクルトにとっても大きな1発でした。
『めっちゃ気持ちいいです。シーズンでは苦労したんですが、今年一番の当たりだった』
~『東スポWEB』2022年10月13日配信記事 より(杉本のコメント)
一方、京セラドーム大阪で行われたパのCSファイナルステージ、オリックス−ソフトバンク。第1戦、オリックスはエース・山本由伸が8回無失点と好投し、打線も5点を奪って快勝。2年連続日本シリーズ進出に向けて、幸先のいいスタートを切りました。
第2戦、オリックスは宮城、ソフトバンクは板東が先発登板。初回・3回と互いに1点ずつ取り合い、乱戦を予感させる出だしになりました。ソフトバンクは早めの継投に出て、3回途中から2番手・大関を投入。同点の5回、チャンスで打席に立ったのは、この日「6番・DH」で出場した「ラオウ」こと杉本でした。
昨季(2021年)はオリックスの4番を務め、32本塁打を放って初のホームラン王に輝き、25年ぶりのリーグ優勝の立役者となった杉本。ところが今季は開幕から不振に陥り大ブレーキ。本塁打を打ったときに披露する「ラオウポーズ」もなかなか見られず、前半戦、チームが低迷する原因になりました。
杉本はその後も、新型コロナウイルス感染や故障などアクシデントが続き、何と4度も2軍落ちを経験。シーズン終盤にやや復調したものの、レギュラーシーズンの成績は打率.235、15本塁打、51打点に終わり、規定打席にも届かないという屈辱を味わいました。
それだけに、このCSでは「やり返そう」と心に誓っていた杉本。思えば昨年のCS、ロッテとのファイナルステージでMVPに選ばれたのは杉本でした。今回のCSでも、第1戦で4回に先制点となる押し出し四球を選び、5回には中押しのタイムリーを放つなど2安打2打点の活躍。お立ち台に上がりました。
そんな「CS男復活」を思わせる流れで迎えた第2戦。杉本は初回、板東から同点タイムリーを放つと、3回にもヒットを放ち板東をKO。2-2の5回、1死二塁と勝ち越しのチャンスで、杉本に3打席目が回ってきます。
『2安打してたんで“もういいや”と思って打席に立ちました』
~『東スポWEB』2022年10月13日配信記事 より(杉本のコメント)
この、いい意味での「力の抜け具合」が幸いしたのでしょう。ソフトバンク2番手・大関の初球、148キロの甘く入ったストレートを逃さずバットを振り抜くと、打球はレフトスタンド中段へ飛び込む勝ち越し2ランに!
打った瞬間「行った!」と確信した杉本はベンチを指さすと、ゆっくりとダイヤモンドを一周。8月11日の楽天戦で15号を打って以来、実に2ヵ月ぶりの1発で、ベンチに戻ると久々にラオウの「昇天ポーズ」を決めてみせました。
『完ぺきでしたし、コトイチ(今年一番)だと思います。甘く入ったボールを1球で仕留めることができてよかった』
~『東スポWEB』2022年10月13日配信記事 より(杉本のコメント)
9回、抑えでマウンドに上がった阿部が周東にタイムリーを許し、4-3と1点差に迫られただけに、この2ランは非常に価値のある1発でした。2夜連続でお立ち台に上がった杉本。第1戦は2安打、第2戦は3安打、2試合で7打数5安打。打率は何と.714です。このままいけば2年連続のMVPも夢ではありません。
一昨年(2020年)、西村前監督がシーズン中に突然辞任したのに伴い、2軍監督から急きょ1軍監督代行として指揮を執ることになった中嶋監督。ファームでくすぶっていた杉本を「一緒に1軍へ行くぞ」と抜擢し、主砲に育て上げたのも中嶋監督でした。今年、杉本を4番の座から外すのは断腸の思いだったでしょうが、それだけに「ラオウ復活」は誰よりも嬉しかったに違いありません。
『スタメンにいなければいけない選手が戻ったのは打線にとって大きい』
~『産経新聞』2022年10月13日配信記事 より(中嶋監督のコメント)
昨年の日本シリーズで、ヤクルトと6戦にわたって名勝負を繰り広げ、涙を呑んだオリックス。中嶋監督も「今度こそリベンジを」と心に期するものがあるはずです。
まだCSは終わっていませんが、阪神・ソフトバンクが4連勝しない限り、今年の日本シリーズは昨年のカード再現が濃厚になりました。そうなれば、CSで本来の調子を取り戻した「村神様」と「ラオウ」のアーチ合戦が観られるかも……いずれにせよ、今年も手に汗握る名勝負が期待できそうです。