前日本銀行政策委員会審議委員の片岡剛士が1月26日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。ウクライナ情勢が世界経済に与える今後の影響について解説した。
アメリカ政府、ウクライナに主力戦車「エイブラムス」供与を発表
アメリカのバイデン大統領は現地1月25日にホワイトハウスで演説し、ウクライナに主力戦車「エイブラムス」を供与すると発表した。その上で、「アメリカとヨーロッパは完全に団結している」と述べた。
飯田)戦車には慎重だったドイツが、1月25日朝の時点で戦車を出すとドイツメディアが速報しましたが、今度はアメリカも。
片岡)ここへ来て、欧米諸国の協力体制が強固になっています。これがロシアのウクライナ侵攻において解決の短期化につながれば、いろいろな意味で経済に対しても好影響が出てくるかも知れない。どういう展開になるのかは、専門家ではないのでわからない部分がありますが、注目どころだと思います。
ウクライナ情勢が長引くことで欧州を中心に価格が上昇し、購買力が低下すると、家計がダメージを受ける
飯田)去年(2022年)の2月24日から始まって11ヵ月、まもなく1年になろうとしています。経済的な影響としてエネルギーの話が出ていますが、それだけではなく、小麦などいろいろなところにも影響が出ました。全体としてはいかがですか?
片岡)ロシア経済が途絶することによって、世界経済への限界的な影響はほとんどないと思います。他方で、食料と欧州に対するエネルギーの問題があります。特にドイツは石油、石炭、天然ガスのいずれも依存度が高い状況です。
飯田)ロシアに対して。
片岡)そうですね。短期的にはエネルギー不足が価格上昇、また家計へ大きく影響すると思います。
飯田)液化天然ガス(LNG)の備蓄などで、この冬は乗り切れるのではないかと言われていますが、さらに先ですか?
片岡)さらに先で言うと、紛争が長期化すればするほど、価格が高止まりする状況が続きます。それに対してすぐにキャッチアップできればいいのですが、代替エネルギーをどうやって確保するのか。どういう形で暮らしを支えるのか。こうしたところがすぐには対応できません。そうなると、そのフリクションが価格に影響するという状況です。
飯田)価格に。
片岡)そうすると購買力が低下し、家計に対してダメージが及ぶような流れになると思います。
ウクライナ情勢が長引けば、世界的な経済体制が大きく変わる可能性も
片岡)従来だと自由貿易体制のなかで、中国やロシアなど、いろいろなところに「欧米諸国の需要が拡大しました」となると、それに対する供給がすぐにキャッチアップされる状態が貿易を通じて起こっていました。しかし、(ロシアの侵略が長期化することによって)世界的にブロック化するような流れになれば、なかなかうまくいかなくなる。
飯田)長期化して世界的にブロック化することになれば。
片岡)いまは、企業としてはサービスの供給、需要、サプライチェーンをどう構築していくかなどを、経済体制として対応している部分があります。でもウクライナ情勢が長期化すればするほど、「すぐ対応しなければいけない」という話になりますので、これを契機に構造が大きく変わっていく可能性があります。いまも変わってきているわけですが、うねりの途中にあるのではないでしょうか。
中国依存は薄れてきたが、自由貿易体制が失われたわけではない ~経済的にはお互いがお互いに依存し合うような状況にある
飯田)ここ数年、「経済安全保障」という言葉が一般化してきましたけれども、経済のブロック化は100年くらい前に戻っていくような形になるのですか?
片岡)いまのところ、そこまで極端な形にはならないだろうというのが大方の見方だと思います。今年(2023年)の初頭にアメリカ経済学会に出席したのですが、国際経済分野の第一人者であるバリー・アイケングリーンさんは、確かに中国依存が薄れてきているのは事実だと言っていました。しかし、自由貿易体制が失われたわけではないとも話していました。
飯田)中国依存は薄れてきたけれど。
片岡)いまは過渡期ではあるけれど、完全にブロック化するかと言われると、ブロック化できるような情勢でもないのだと思います。つまり、それだけ経済的には、お互いがお互いに依存し合うような状況が生じているということです。
飯田)分野別で半導体はブロック化するけれども、既に一般化しているような商品に関しては分散が続くのでしょうか?
片岡)そうですね。コモディティごとに対応が変わるような情勢になると思います。
欧米の言う「自由貿易体制」の不備を突く中露や新興国
片岡)アメリカや欧州は従来、自由貿易体制です。すべての人にとっての利益になる体制を進めているから、我々の言うグローバルスタンダードを踏襲すべきだという議論をしていたわけです。
飯田)自由貿易体制として。
片岡)しかし現状、必ずしもそうなっていないところがある。そういう側面を中国やロシア、その他アフリカや新興国と言われる地域が認識してきています。
飯田)中露や新興国が。
片岡)本当の意味でのグローバルスタンダードとは何なのか。グローバルな意味で、みんなの利益のために何を決めたらいいのか、という枠組み自体をこれからつくっていく必要があると思います。いまのWTOやWHOは、いずれも機能していないわけです。
飯田)貿易や保健に関して。
「利害関係がある各国の体制をどう統合させるか」が世界の指導者には問われている
片岡)アメリカ経済学会でスティーグリッツさんがその話をしていました。交易のために、いま経済学者ないし政治担当者は何ができるのか。「世界全体でみんなの利益になる枠組みをどうつくっていくのか」が大事だということです。これはある意味、ウクライナ紛争のその後を考える上でも重要な視点ではないでしょうか。
飯田)アフリカ諸国や新興国からすると、「グローバルスタンダードなどと言っているけれど、結局はお前たちが稼ぐだけではないか」と。「俺たちは搾取されるだけなのだ」と考えてしまう。ウクライナ情勢に関して国連で投票したときも、中立ないしは棄権した国々に「グローバルサウス」と呼ばれるような東南アジアやアフリカ、中南米の国々が多かったのは、そういう不満が溜まっていたということですね。
片岡)世界経済全体として抱える課題は、「途上国・新興国VS先進国」で認識が違う場合が多くあります。エネルギー問題にしても、新興国はエネルギーをたくさん使って経済を豊かにしたい側面に入っているのですが、先進国側は「あまりエネルギーを使わないようにしろ」などと言うわけです。
飯田)CO2削減や温暖化防止など。
片岡)排出権取引などにおいても、先進国で出している分を途上国に押しつけるような枠組みにも捉えられかねない。そういう意味で、「各国の利害体制でフリクションが起きている部分を、どう全体として統合させるか」が世界の指導者には問われているのだと思います。
飯田)言葉で説得する以外にないのでしょうか?
片岡)私自身も回答がない分野ではあるのですが、やはり世界の指導者のなかで高い志を持った人が現れて、願わくばそのなかに日本も入っていくことが大事なのだと思います。
飯田)「CO2を減らす」というような「イエスかノーか」のガチガチの議論より、とりあえず価値観を共有できるところで集まっていこうという、緩い枠組みの方がうまくいくのかも知れませんね。
「G7広島サミット」世界的な重要課題に対してリーダーシップを日本が発揮するべき
片岡)今年はG7広島サミットがあります。G7だけではなく、G20のような枠組みも含め、日本としてしっかりオーガナイズする議論ができればいいなと思います。
飯田)もともとG7も、G5としての経済から始まったところがあります。そこに戻っていく感じになるのかどうか。
片岡)現状はどうしてもロシア外しの形になり、そこから中国との対立が意識されやすい部分があります。日本は分野によっては協力しながら、「いかに全体的な重要課題について、みんなで連帯して決めていけるか」という動きが取れるようになるといいなと思います。
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