賃上げの機運強まるなか、今年の春闘は?

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「報道部畑中デスクの独り言」(第316回)

ニッポン放送報道部畑中デスクのニュースコラム。今回は、2023年の春闘について---

会談後の経団連・十倉雅和会長(左)/会談後の連合・芳野友子会長

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「インフレ率を超える賃上げの実現をお願いしたい」

今年(2023年)1月5日に開催された経済三団体主催の新年祝賀会。このなかで岸田文雄総理大臣は出席した経済界のトップらに対し、このように述べました。

昨年12月の消費者物価指数は前の年の同じ月より、4.0%の上昇。実に41年ぶりの高い水準となりました。さらに労働団体の「連合」はベアと定期昇給あわせて5%程度の賃上げを要求しています。賃金引き上げをめぐり、さまざまなところから“高いボール”が飛んできています。

このように、賃上げの機運が高まるなかで、今年の春闘は例年以上に注目されています。ちなみにこの春闘、経団連では「春季労使交渉」という表現を使っています。その経団連が発表した経営労働政策特別委員会報告という冊子があります。春季労使交渉における経営側の指針を示したものです。

毎年出されているこの冊子は、年々少しずつ分量が増え、今回は130ページに上ります。今回の報告では「物価動向」がキーワード、物価上昇への配慮を明確にした上で、ベア=ベースアップについては、「目的・役割を再確認しながら、前向きに検討することが望まれる」と、かなり踏み込んだ表現となりました。

そして、1月23日の経団連と連合のトップ会談で、春闘が事実上スタートしました。

1月23日の経団連と連合のトップ会談 今年の春闘が事実上スタート

1月23日の経団連と連合のトップ会談 今年の春闘が事実上スタート

「デフレからの脱却と、人への投資の促進による構造的な賃金引き上げを目指した企業行動への転換を実現する正念場かつ絶好の機会と位置付けている」(経団連・十倉雅和会長)

「物価高に多くの国民が苦しい思いをしている。大企業だけでなく、中小企業やパート、契約社員なども含めて、日本全体で継続した賃上げを実現できるようにしてまいりましょう」(連合・芳野友子会長)

双方、賃上げが必要という方向性は一致。その手法や額が今後の焦点になります。

この賃上げ、企業はどのように考えているのでしょうか? 大手企業は前向きで、既に大幅な賃上げを想定しているところもあります。

「『賃上げ5%を超える』、インフレが当たり前のようになった。戦争も起こった。風景が変わった。社員にとって生活苦のないようにすることが経営の役割。大手企業はそれを目指してやっていくべき」(サントリーホールディングス・新浪剛史社長 経済三団体主催新年祝賀会インタビューで)

「賃上げは前向きにやっていきたい。小売業として値上げをお願いしているが、賃金が上がらないと消費行動につながらない。3%という数字は、1つのベンチマークとして検討しないといけない」(ローソン・竹増貞信社長 同)

会談後の経団連・十倉雅和会長

会談後の経団連・十倉雅和会長

これに対し、新型コロナウイルス感染症の影響を色濃く受けた業種では、慎重な声も聞かれました。

「航空業界全体が回復の道半ば。従業員には昨年から賃金を維持し、賞与も4ヵ月。今年はもう少し上積みできるか。従業員のエンゲージメントを上げることのバランスをどうとるか」(ANAホールディングス・芝田浩二社長 同)

「運輸や観光業界は回復途上なので簡単には方向性は出せない。慎重に状況をみて最終的に判断する」(JR東日本・冨田哲郎会長 同)

これらは先月(1月)の小欄でもお伝えした通りです。一方、中小企業、下請け企業の現状はどうでしょうか。中小企業の集まり、東京商工会議所の賀詞交換会で、都内の中小企業に聞きました。

中央区にある化学メーカーの社長は「これまでベアを含めてしばらくできていなかったので、ちょっとは色を付けていきたい」としながらも、連合が求める5%の賃上げについては、首を振りながら「いやいやそれは……なかなか難しい。生涯賃金を含めた形で上がっていくようなシステムにちょっとずつ変えていきたい」と話しました。

一方、品川区の電子部品メーカーの社長はこのように語ります。

「有能な人材をとるためには、ある程度賃上げをしないと厳しい。上げざるを得ないと思っているが、要求と合うかどうかは難しい」

このように業種、規模によって、事情が大きく違います。特に中小企業の賃上げがどうなるかは、もう1つの大きな焦点です。安倍政権以降、いわゆる「アベノミクス」の恩恵がなかなか「トリクルダウン」しない、末端まで達しないと言われて久しいわけですが、これは、賃上げがなかなか中小企業に波及しないこととほぼ同義であろうと思います。

会談後の連合・芳野友子会長

会談後の連合・芳野友子会長

人出不足に対処するため、やむを得ず賃金を上げる「防衛的賃上げ」もみられます。そこには元請けと下請けの間の取引価格の是正、適正な価格転嫁が十分に行われていないという現状があります。

数多ある労働組合のなか、JAM=ものづくり産業労働組合という、中小企業を中心とした組合があります。JAMの安河内賢弘会長は日本生産性本部主催の春闘セミナーのなかで、中小企業の実態を語りました。

「中小は増収減益で、下手をすると赤字というのが実態。世の中では賃上げに対する機運が高まっているが、中小の現場を見ていると、そんな簡単な春闘ではない」

「この春闘でさらに規模間格差が広がっていくのではないかという懸念もしている」

「中小がいかに大手についていって、しっかりベアを獲得できるかどうか、価格転嫁が行われないと、中小の賃上げは非常に厳しい。ない袖は振れないと言われるが、“振袖”をつける運動として価格転嫁をしっかりやっていく」

経団連の経営労働政策特別委員会報告

経団連の経営労働政策特別委員会報告

取引価格の見直し、価格転嫁……特に製造業はかつて「乾いたぞうきんを絞る」などという表現もありました。いかにコストを削減するかが競争力の源泉であり、逆に「高コスト体質」が業績低迷の理由ともされていました。そうした考えも転換点にきているのかも知れません。

そして、安倍政権のときに打ち出された「働き方改革」、その現状はどうなのか……組合幹部からはこんな声が聞かれます。

「残業がなくなって時間外(収入)がなくなってしまった。時間外をあてにして飯を食っていたので、非常に生活が苦しいということを組合員の多くが実感している。定時で1日8時間、週40時間でしっかりと飯が食える賃金にしていくのだということが重要」(JAM・安河内会長)

「実際には人材不足が極限まで続くと、企業は間違いなく労働時間短縮を考え出す。人が採れないから。特に労働時間が長いと言われる企業・産業・業種は人が採れないということが如実に出てくるので考え出すが、いま目下のところは人が入ってきてくれないので、正社員の労働時間が延びかねない」(UAゼンセン・松浦昭彦会長)

東商賀詞交歓会 中小企業のトップらが集まった

東商賀詞交歓会 中小企業のトップらが集まった

春闘=春季労使交渉は、来月中旬の大手企業の集中回答日が1つのヤマ場になるとみられます。民間シンクタンクの日本経済研究センターの調査では、平均の賃上げ率が2.85%になる……そんな予測も出ています。一方、今年の春闘は例年にも増して、ただ賃上げだけではくくれない、複雑な要素がからんでいます。

春闘と言いますと、賃上げの額がどうなるのか、賃上げの手法、ベアなのか、一時金なのか……という話がどうしても注目されます。これは労使交渉の象徴的なものではあるのですが、そのためには、価格転嫁、取引価格の見直し、働き方改革、生産性向上……さまざまな課題を、絡まった糸のごとく1つ1つ解きほぐしていく必要があるわけです。

こうした問題の軋みを放置したまま、賃金の数字が上がっても、それは根本的な解決にはなりません。こうしたところにも注目すべき、今年の春闘となりそうです。(了)

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