外交評論家で内閣官房参与の宮家邦彦が12月1日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。11月29日に死去したアメリカのヘンリー・キッシンジャー元国務長官について解説した。
キッシンジャー元米国務長官が100歳で死去
飯田)11月29日に、アメリカの元国務長官・キッシンジャー氏が亡くなりました。
宮家)個人的には、3つ言いたいことがあります。1つは、1回だけ彼と2人きりで話したことがあるのです。ドイツ訛りがまだ抜けていない感じでした。彼はアメリカ人というよりも、ヨーロッパの激動、ホロコーストを生き延びた元々欧州人ですから。「ヨーロッパの戦略家だな」という印象を持ったことが1つです。
秘密裏に進めていた中国との交渉をなぜ日本に知らせなかったのか
宮家)2つ目に、1971年の段階で日本が知らない間に中国と秘密交渉を進めていたことが、報道でもよく言われます。でも彼に関するアメリカメディアの記事を読むと、中国のことはほとんど出ないのです。少ししか出ない。要するに、米ソ・米中のデタント……。
飯田)雪解け。
宮家)その立役者として触れている場合が多い。日本の報道と全然違うのです。当時のキッシンジャー氏の言葉でいまでも覚えているのは、「なぜ日本に何も知らせず中国に行ったのか」ということについて、キッシンジャー氏は「日本の政治家は秘密を守る権利がないからだ」と言ったのです。
飯田)秘密を守る権利がない。
宮家)「グサッ」ときました。日本の政治家は秘密を喋ってしまうから。彼のような外交家からすると、「秘密を守れない日本の政治家にはとても話せない」ということだったのだと思います。いまは日本の政治家も随分変わったと思いますが……。
飯田)当時から比べると。
エジプトとイスラエルの戦争が起きたのは、当時のサダト大統領へのキッシンジャー氏のアドバイスが原因
宮家)3つ目に、私にとって最も大きかったのは、ベトナム戦争などいろいろあったけれど、キッシンジャー氏が国務長官になる前、安全保障担当の補佐官だった1973年にエジプトとイスラエルの戦争が起きたときの話です。そのとき、エジプトが現在のハマスのように奇襲作戦を行った。イスラエルは驚いて、シナイ半島への侵入を許してしまうのですが、なぜ当時のサダト大統領が戦争を仕掛けたかと言うと、実はキッシンジャー氏のアドバイスがあったからなのです。
飯田)そうなのですね。
宮家)「あなたはイスラエルとディールしたいのか? したいのであれば、戦争に勝たないとダメだ。戦争に負けている限り、そんなことはできない」と言ったのです。サダト大統領は「なるほど」と思い、とにかくイスラエルに一矢を報いようと綿密に計算し、奇襲をかけた。それでイスラエルを最初だけですが、負かしたのです。
飯田)奇襲をかけて。
宮家)そして和平が動いていく。キッシンジャー氏は現実主義者で、アメリカ国内でも批判がたくさんあります。しかし、「やはりすごい男だったのだな」という気がします。ベトナム戦争終結もやったし、中国との正常化もやったし、中東の安定化もやった。ただ、それはキッシンジャー氏の手柄というよりも、彼が当時のニクソン大統領の宝物だったからなのです。ニクソン大統領がいたからこそ、キッシンジャー氏が活きたのだと思います。
番組情報
忙しい現代人の朝に最適な情報をお送りするニュース情報番組。多彩なコメンテーターと朝から熱いディスカッション!ニュースに対するあなたのご意見(リスナーズオピニオン)をお待ちしています。