#6 バース・掛布・岡田(阪神)バックスクリーン3連発
公開: 更新:

◎1985年4月17日 甲子園球場
巨人 2 0 0 0 0 0 1 0 2 = 5
阪神 1 0 0 0 0 0 5 0 X = 6
HR (巨人)クロマティ1号・2号 原2号
(阪神)バース1号 掛布2号 岡田1号
「槙原、第1球を投げた。打った! 打球はセンターへ! センターバック! なおバックだ! スタンドに入って、バックスクリーンホームラン!バース、今シーズン第1号、逆転3ラン!」
「掛布も打ちました! これも大きい! センター、クロマティ目がけてボールは飛んでいく! これもスタンドに入った! バックスクリーン直撃!」
「打ちました! これもセンターへ大きい! これもホームランなるか! またバックスクリーン目がけて飛んでホームラン! 3連発! いずれもバックスクリーンへ! 岡田、今シーズン第1号です! タイガースのクリーンアップが炸裂!」
(実況:ニッポン放送・胡口和雄アナウンサー)
41年経った現在も、阪神ファンの間で“伝説”として語り継がれている「バックスクリーン3連発」。7回、ランディ・バース、掛布雅之、岡田彰布のクリーンアップトリオが3者連続で甲子園のバックスクリーンにホームランを放つという、あり得ない奇跡が実際に起こったのだ。しかも宿敵・巨人を相手に。阪神にとってはまさに「史上最高のラッキーセブン」となった。
伝説の3連発が飛び出した1985年4月17日の阪神-巨人戦は、開幕2カード目、3連戦の2戦目だった。巨人の先発は、プロ4年目の槙原寛己。1-3と阪神が2点を追う7回、2死一・二塁の場面でクリーンアップに打順が回り、ドラマが始まった。
まずは3番・バース。彼はスロースターターで、来日3年目のこの年も開幕戦で3打席連続三振を喫するなど、エンジンの掛かりは遅かった。3打席ノーヒットのまま迎えた第4打席。バースは槙原が投じた初球のシュートをとらえると、打球はバックスクリーンに飛び込む逆転3ランに! バースはこの日併殺打に倒れた反省から、センター方向に打ち返すことを意識していたという。無理に引っ張りに行かなかったことが功を奏した。
槙原はのちに、このときバースに投じたシュートは、なんと実戦で初めて試したボールだったことを告白している。先輩・西本聖に憧れ、シュートをひそかに練習していた槙原は、この試合を初披露の場に選んだ。最初に投じたシュートでバースを併殺打に打ち取ったので、“二匹目のドジョウ”を狙って再びバースに投げたところ、曲がりが甘くなり裏目に出てしまったわけだ。
この1号逆転3ランでスイッチが入ったバースは、シーズンを通して打ちまくり、打率.350、54本塁打、134打点という圧倒的な成績で自身初の三冠王に輝いた。結果的にこの一発は「史上最高の助っ人」への第一歩にもなった。
続いて4番・掛布。こちらは槙原が投じた内角高めのストレートを、同じくセンター方向へ打ち返した。打った瞬間、差し込まれて「これはスタンドまで行かないかな」と思ったので、インパクトの際、左手でグッと押し込んだという。それが「もうひと伸び」につながり、打球はバックスクリーン(正確に言うと、バックスクリーン左のスタンド)に飛び込んだ。
締めは5番・岡田。連続アーチで球場が歓喜に包まれる中、岡田は冷静に配球を読んでいた。バースが打ったのは変化球(シュート)。掛布はストレート。ならば自分には変化球勝負で、間違いなくスライダーが来ると予測。2球目、読み通りのスライダーを岡田は狙い打った。打球はバックスクリーンへ一直線! 岡田は後年「アレがオレの、生涯最高の一発よ」「(3連発の中で)オレのがいちばんいい当たりやった」と語っている。
この3連発が効いて阪神は開幕早々、巨人を3タテ。これで「今年のタイガース、なんかいけるんとちゃうか?」というムードができ、ファンの熱い声援をバックに21年ぶりのリーグ優勝、さらには球団初の日本一へと突き進んだ。1985年の虎の歓喜は、この「バックスクリーン3連発」が起点になったと言っていい。
もう一つ、エピソードを紹介しておこう。この試合を甲子園で実況していた胡口アナウンサーの述懐である。「実はこのとき、僕は風邪をひいて体調が悪く『とにかくホームランだけは出るな』と思っていました。声を張り上げると、風邪のせいで声が出なくなっちゃうので。でも3発も続けて出ちゃって、槙原投手じゃなく、僕の方がノックアウトみたいな感じになっちゃったよ(笑)」
<チャッピー加藤>





