あけの語りびと

海上自衛隊を定年退官し、タンカー航海士として第二の人生を歩む男性

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早朝は、すでに仕事をしながらラジオをお聴きの方もたくさんいらっしゃいます。特に物流関係の皆さんは決まった休みは少ない、夜を徹してのお仕事です。そのなかで、海の物流に携わっている皆さんは、どのような朝を迎えているのでしょうか。今回はタンカーの航海士を務めていらっしゃる男性の方のお話です。

高知沖の太平洋(撮影・井野哲博さん)

高知沖の太平洋(画像提供・井野哲博さん)

井野哲博さんは、群馬・高崎生まれの62歳。群馬県といえば......そう、海がありません。その分、井野さんは人一倍、海の仕事に憧れて育ちます。「船乗りになりたい」と高校を卒業して入ったのは、海上自衛隊でした。

海上自衛隊の艦艇には、任務内容に応じて「砲雷科」、「船務科」、「航海科」、「機関科」、「補給科」、「衛生科」、「飛行科」という7つの「科」があります。井野さんは、横須賀を拠点に航海科の隊員として、主に護衛艦で訓練を重ねながら、いろいろな海へ航海に出かけました。

なかでも印象深いのは、初めて太平洋をハワイへ向けて航海したとき。ハワイの島々の灯りが見えたときは、感慨深いものがありました。一方で、カンボジアのPKO活動に参加する陸上自衛隊のサポートをしたり、海上自衛隊として中東へ派遣されたりと、世界の最前線の海を巡ってきました。

航海科の隊員として55歳まで勤め上げた井野さんは、無事、定年退官されます。しかし、船乗りとしての豊富な経験を買われた井野さんには、日本国内の物流を支える内航船の航海士としての、第二の人生が待っていました。なかでもやりがいをおぼえたのは、タンカーでの勤務です。

「タンカーは、自分たちで積み荷を陸に揚げるところまでが仕事なんです。大変ではありますが、事故なく揚げられたときは嬉しいですね!」

現在、井野さんは、液体貨物・コールタール専用のタンカーに乗船されています。日本の産業の要「製鉄所」では、副産物として常にコールタールが生まれます。これを井野さんたちの船が製鉄所から回収し、コールタールを必要する化学製品のメーカーに運んでいるというわけなんですね。

では、井野さんは、朝、どのようにしてラジオをお聴きになっているのでしょうか?

井野さんが乗り組むタンカーでは、三交代制が敷かれています。毎日、午前と午後、8~12時までが船長、12~4時までが二等航海士、そして4~8時までの間、井野さんが当直を担当。『上柳昌彦 あさぼらけ』が放送されている時間は、まさに当直勤務の真っ只中なんですね。この午前4時に勤務に入るためには、朝3時10分に起きて、3時半には甲板に立って引き継ぎ作業に入ります。

特に前の日の夕方に出港が重なりますと、日中の陸揚げ、積み込みに続いての作業となって、なかなか疲れが取れないまま、当直勤務に入ることもあります。実は当直勤務は、4時間立ちっぱなしの仕事なんです。このハードな勤務のなかで流れているのが、ラジオ・radikoからの声だといいます。

境港沖の日本海(撮影・井野哲博さん)

境港沖の日本海(画像提供・井野哲博さん)

ただ、井野さんは、こう話します。

「残念ながら、途中でradikoを消さなくてはいけない時もあるんです。東京湾や潮岬の沖は、行き交う船が多いですし、伊勢湾や瀬戸内海は、小さな漁船に気を遣いますね」

つまり、当直勤務が船が混雑した海域に入るタイミングに当たってしまうと、高い集中力が求められて、航海に専念しなければならないというわけなんですね。加えて、濃い霧が発生したときなど、気象条件でも気を引き締めなくてはなりません。瀬戸内はもちろん、春から夏にかけて「やませ」が吹く、東北・三陸沖は要注意です。

それでも井野さんは、この朝の航海にやりがいを感じています。

「でも、朝4時から8時の間は、マジックアワーです。日の出前から日の出にかけて海の景色が刻々と変わります。一番好きな時間帯なんです」

井野さんには忘れられない景色があります。九州から日本海を新潟へ向けて航海している日の夜明けでした。朝焼けで、空も海面もオレンジ色に染まった水平線から太陽が顔をのぞかせました。

『日本海でも水平線から日が昇ることがあるんだ!』

海域や季節など条件は限られているようですが、井野さんにとっては大きな発見でした。そんな井野さん、もちろん夢があります。

「せっかく船乗りになったんですから、船長はやってみたいです!あと、若い人たちをもっと育てていきたいですね」

日本の物流を支えている誇りが、今日も井野さんの心にみなぎっています。

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