あけの語りびと

慶応元年創業、旧東海道の下駄屋「丸屋履物店」――六代目が守り続ける、鼻緒をすげる手仕事

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カランコロン! 下駄の音は風情がありますね。ちょっと履いてみませんか。今回は、江戸時代から続く、下駄屋さんのお話です。
六代目店主・榎本英臣さん(右)と、従業員の市川哲次さん

六代目店主・榎本英臣さん(右)と、従業員の市川哲次さんそれぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。

JR品川駅から歩いて15分ほどのところに、北品川商店街があります。ここは、かつて東海道の「品川宿」で、いまも北品川から鈴ヶ森まで、およそ3.8キロにわたって、昔の道幅のまま、庶民的な古き良き町並みが続いています。

旧東海道・北品川商店街にある丸屋履物店

旧東海道・北品川商店街にある丸屋履物店

この商店街に、慶応元年(1865年)創業の「丸屋履物店」があります。店に入ると、左右の棚には、男女別に下駄や雪駄、草履がずらり……店の真ん中には、色とりどりの鼻緒が並んでいます。店の奥、畳敷きの小上がりで作業をしているのが、六代目のご主人、榎本英臣さん、40歳です。

榎本さんは、大学を卒業後、店の手伝いから始めました。「江戸から続く家業を、自分の代で終わらせたくなかったんです。でも、店番をしていても、お客さんが一人も来ない日があって『この先、大丈夫かな』と思うこともありましたね」

男女別に並ぶ下駄や雪駄、草履の「台」

男女別に並ぶ下駄や雪駄、草履の「台」

丸屋履物店で下駄を購入する際、まずは足を乗せる「台」を選びます。軽くて肌触りのよい「桐」製の台が人気です。サイズはM・L・LLがあって、幅も好みに合わせて選べます。次に「鼻緒」を選びます。台と鼻緒が決まると、榎本さんが、その場で鼻緒をすげます。

「すげる」とは、台の穴に鼻緒の紐を通して、結びつけることを言います。足に下駄がフィットしているか、足の指の股が痛くないか、お客さんにその場で履いてもらい、きついか、ゆるいか、微調整します。店の外に出て、旧東海道を歩いて、履き心地を確かめる人もいて、「わあ、桐の下駄って、こんなに軽いんだ!」と驚きの声をあげるとか。

色柄や産地から選ぶ「鼻緒」

色柄や産地から選ぶ「鼻緒」

お客さん一人ひとりの足に合った履物を仕立てる。それが、創業した慶応元年から変わらない、丸屋履物店のこだわりです。

五代目の父親のもとで、修行を積んできた榎本英臣さんですが、「父は何も教えてくれませんでした。見よう見まねで鼻緒をすげていたので、最初は一時間もかかってしまい、お客さんも呆れ顔でしたね」

今まで一番の苦労は、なんといっても新型コロナだったそうです。花火大会や夏祭りが一斉に中止になり、下駄も雪駄も、一足も売れず、さらに結婚式が相次いで見送られ、着物に欠かせない草履を買う人もなく、同業者が次々と店を閉めていきました。

コロナ禍を乗り越えた丸屋履物店で、二人の若い職人が働いています。一人は市川哲次さん、25歳です。「ものづくりが好きで、日本の伝統的な履物に興味がありました。鼻緒をすげるのは思った以上に難しくて苦労しました。畳に正座して作業するので、最初は腰が痛かったんですよ。2年目に入って、ようやく慣れてきました」

下駄の磨き作業をする新人の高橋直己さん

下駄の磨き作業をする新人の高橋直己さん

もう一人の従業員は高橋直己さん、23歳。「ジーンズにブーツが好きなんですが、雑誌でジーンズに雪駄を見て『カッコいい!』と、買いに来たんです。その時、お店の雰囲気がよくて、従業員募集を見つけて応募しました。働き始めて3か月、接客はいま勉強中です」

若い職人さんも加わり、「丸屋履物店」は再び活気が戻ってきました。さらに、六代目の榎本さんは、将来を見据えて、大きな決断を下しました。

「9月1日から、この店の解体工事が始まります。実は明治時代の建物なので老朽化が進み、柱も傾いてきたため、建て替えることにしました。それを公表したら、日本全国から、父や祖父の代からのお客さんが毎日のように来てくださって、励ましの言葉を掛けていただいたのが、本当にうれしかったですね」

新店舗は、来年の5月か6月に完成を予定しています。「新しい店になるからには、30年先、40年先も、この店の看板を守っていきたいですね」

店は新しくなっても、鼻緒をすげる職人の手仕事は変わりません。きょうも、旧東海道に、下駄の音が、カランコロンと響きます。

★「丸屋履物店」のホームページ
https://www.getaya.org

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