さぁ、開演のベルが鳴りました。
支配人の八雲ふみねです。
シネマアナリストの八雲ふみねが、観ると誰かにしゃベリたくなるような映画たちをご紹介する「しゃベルシネマ」。
今回の「しゃベルシネマ」では、直木賞作家 井上荒野原作を映画化した『だれかの木琴』を掘り起こします。
平凡な主婦が、若い美容師に心を囚われてしまった理由とは…。
夫の光太郎と娘と共に東京郊外に引っ越してきた小夜子は、初めて訪れた美容室で髪を切った。
帰宅後、小夜子を担当した美容師の海斗から営業メールが届く。「親海小夜子様。本日はご来店、ありがとうございました。」
なんてことないお礼の営業メール。
しかしそのメールに返信した小夜子の内側から、自分でも理解しがたい感情が湧いてくる。その日から小夜子の日常が一変。
何度もメールを送り、頻繁に店に足を運び、海斗を指名する小夜子。
そして店での会話を手掛かりに、海斗のアパートを探し当てる。
やがて行動がエスカレートするほどに、家族や海斗の恋人も巻き込んでいくことに…。
原作は、直木賞受賞作家 井上荒野の同名小説。
ごく普通の主婦がじわじわとストーカーに変貌していく…というショッキングなストーリー。
しかしその奥底には、現代人の誰もが抱える孤独感や疎外感が潜んでいる作風が共感を呼び、多くの女性から支持を得ました。
この小説を映画化するならば、ラブロマンスか、はたまたサスペンスか…と考えを巡らせるところですが、女優演出で高く評価されている名匠・東陽一監督は、男女間に揺れ動くエロスを描写しながら、ひとりの女性の“自分探し”のストーリーに昇華させました。
本作を語るにおいて、俳優の魅力は外せません。
主人公・小夜子を演じるのは、映画・TV・舞台と幅広く活躍、いまや日本のエンタテインメント界のトップに立つ常盤貴子。
そして美容師の海斗には、日本映画界を牽引する若手俳優、池松壮亮。
男性の指に女性の髪が絡まるように感情がもつれ合いねじれていく様は、まさにエロスの極みと言ったところでしょうか。
さらに小夜子の夫・光太郎に勝村政信、海斗の恋人に佐津川愛美が扮し「こういう人、いるよね〜」という説得力ある演技は、さすがの一言。
「ストーカー映画」と言いながらも、全体的に静かなトーンで展開する本作。
しかしその静けさこそ不気味で、ホラー的。
それでいて時折、フランス映画のような芳醇さを醸し出す…という不思議なテイストの作品です。
人間の感情とは、いつも不条理で説明がつかないもの。
あなたの中にも、自分でも気付いていない“渇き”があるかもしれません…。
だれかの木琴
2016年9月10日から有楽町スバル座、シネマート新宿ほか全国ロードショー
監督:東陽一
原作:井上荒野「だれかの木琴」(幻冬社文庫)
出演:常磐貴子、池松壮亮、佐津川愛美、勝村政信 ほか
©2016年『だれかの木琴』製作委員会
公式サイトURL: http://darekanomokkin.com/
連載情報
Tokyo cinema cloud X
シネマアナリストの八雲ふみねが、いま、観るべき映画を発信。
著者:八雲ふみね
映画コメンテーター・DJ・エッセイストとして、TV・ラジオ・雑誌など各種メディアで活躍中。機転の利いた分かりやすいトークで、アーティスト、俳優、タレントまでジャンルを問わず相手の魅力を最大限に引き出す話術が好評で、絶大な信頼を得ている。初日舞台挨拶・完成披露試写会・来日プレミア・トークショーなどの映画関連イベントの他にも、企業系イベントにて司会を務めることも多数。トークと執筆の両方をこなせる映画コメンテーター・パーソナリティ。
八雲ふみね 公式サイト http://yakumox.com/