タイ元国王と愛犬の物語
タイの元国王ラーマ9世(プミポン国王)の御崩御が、2016年10月13日に発表されました。
タイには15回ほど訪れ、タイの小島の犬が被写体のモノクロ写真集『うみいぬ』(アーリスト)を出版し、バンコク市内で写真展「Umi-Inu」を開催したり、滞在日数を合計すると半年は超えるほどタイが好きな私としては、驚きと悲しみを持って受け取ったニュースでした。プミポン国王は大の愛犬家でもあり、その点でも親しみを感じていたので……。
とくに、プミポン国王がバンコク市街で地域犬(野良犬)の子犬を拾ってご自身の愛犬とされたのは、タイ人ならば誰もが知っている有名なエピソードで、トーンデーンという名前のそのロイヤル・ドッグの顔を知らないタイ国民はいないでしょう。というのも、元国王とともに各地の視察などに出かけたりして、おそばに寄り添う姿がたびたびメディアに登場したからです。
私も、ちょうどタイに滞在していた2002年2月、何気なく見ていたテレビの画面でトーンデーンの姿を見ました。それは、病気療養を終えたプミポン国王が退院する場面。出迎えた王族や関係者たちが着ていたおそろいのポロシャツに、トーンデーンが大きく描かれていたのです。
元国王自らが撮影されたトーンデーンとその子犬たちの写真がプリントしてあるポロシャツは、退院記念として“ゴールデン・プレイス”というタイの特産品をそろえるショップでも販売されたものの、テレビをチェックした人々が押し寄せてあっという間に売り切れてしまったとか。
そのショップには元国王も出資されていて、シャツの売上は野良犬を救済するための資金にもなったそうです。
プミポン国王は『トーンデーン物語(The Story of Tong Daeng)』(アマリン社)も著されています。人口が日本のおよそ半数のタイで80万部以上の記録的なベストセラーとなった本で、2004年には同書籍の「絵本(漫画)」バージョーンも出版され、こちらも70万部を超える売上を記録しています。
同書は日本語にも訳されているので(『奇跡の名犬物語 世界一賢いロイヤル・ドッグ トーンデーン』世界文化社、プーミポン・アドゥンヤデート/著 赤木攻/訳)、元国王とトーンデーンの出会いから日常生活まで、ご興味があればぜひご一読ください!
ポロシャツにも描かれたトーンデーンの子犬たちには、それぞれタイのお菓子の名前が付けられています。9頭のスイートな写真とともに、名前にちなむ伝統菓子のレシピを紹介したのは、プミポン国王の長女。シリントーン元王女によって編集されたその本もまた、ベストセラーとなりました。
国王の発案で、保護犬をワーキングドッグに
プミポン国王に救われて脚光を浴びた犬は、トーンデーンだけではありません。2004年にタイ南部を襲った津波の被災地に派遣された災害救助・遺体捜索犬の雑種3頭も、かつては野良犬でした。プミポン国王の発案で、国軍は2003年に野良犬140頭を収容施設から引き取り、警察犬、麻薬探知犬、救助・遺体捜索犬として訓練していたのです。
『トーンデーン物語』には、プミポン国王がドッグトレーナーに、鎖のリードをトーンデーンが怖がっているのでやさしい方法でのトレーニング方法を勧めたというエピソードが登場します。今でこそ、犬にストレスをかけないトレーニングが世界的に主流になっていますが、今から15年ほど前にこのことを説かれた元国王。そのお言葉の裏には、ご自身が生涯でトーンデーンを含めて20頭ほどの犬たちと過ごされた経験から、犬たちは信頼する人からほめられ、飼い主と心を交わすのが最高の喜びであるとご存じだったからに違いありません。
あるご高話で、プミポン国王はこう語られていました。
「人は、子犬はかわいいので溺愛しますが、成犬になると持て余し、顔も愛らしくなくなると捨ててしまったりもします。そのようなことをする人々は、本当に“愛する”ことを知らないといえるでしょう」。
道端の野良犬にまで愛を注がれる心優しい人物としても、尊敬の念を集めたプミポン国王。ご著書のなかで
「タイ国王には、飼い犬になれそうな野良犬がまだ何万頭もいます。もし行政側の手助けがあれば、これらの野良犬たちを大変喜んで家の中に迎えてくれる人もいることでしょう」(『奇跡の名犬物語』より)とも述べられています。
プミポン国王の影響で、タイの人々は地域犬を大切にするようになったり、保護施設などを作ったりするようになったといいます。
次回も引き続き、プミポン国王と犬をめぐるストーリーをお届けしたいと思います。
プミポン国王とトーンデーンのエピソードの数々を思い出しながら、あらためて、「犬と一緒に暮らすって、本当にすばらしいなぁ」と実感しています。
>>12/13(火)配信予定:保護した捨て犬とともに歩んだタイの王様の犬人生〈後編〉【ペットと一緒に vol.2】に続く>>
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著者:臼井京音
ドッグライターとして20年以上、日本や世界の犬事情を取材。小学生時代からの愛読誌『愛犬の友』をはじめ、新聞、週刊誌、書籍、ペット専門誌、Web媒体等で執筆活動を行う。30歳を過ぎてオーストラリアで犬の行動カウンセリングを学び、2007~2017年まで東京都中央区で「犬の幼稚園Urban Paws」も運営。主な著書は『室内犬の気持ちがわかる本』、タイの小島の犬のモノクロ写真集『うみいぬ』。かつてはヨークシャー・テリア、現在はノーリッチ・テリア2頭と暮らす。東京都中央区の動物との共生推進員。