本来“お守り”はお参りに行けない人のためのものだった【鈴木杏樹のいってらっしゃい】

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今週は『お守り』のお話をしています。
今朝は『お守りの歴史』についてです。

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古くから人は石や木、草といった自然界にあるものを、お守りとして持っていたそうです。
その後、神社やお寺が次々と建てられるようになると、そこで働いている人達が全国を回って、その神社やお寺でお参りすることで、ご利益があることを広めていきました。
ところが、今のように交通の便が発達していませんので、あまりに遠くて、お参りに行くことが出来ません、そこで代わりに、お守りを配っていたそうです。

8世紀の終わり頃、京都にあった都、長岡京の遺跡から、当時の人々が健康を願って身につけていたと思われる、木の御札が発見されたそうです。
これが“日本で最も古い、御札の形をしたお守り”だと考えられるそうです。
その御札には“病気を退けてくれる神様の名前”が書いてあったそうです。

平安時代になると、貴族など上流階級の女性の間で、『懸守(かけまもり)』というお守りが広まりました。
この『懸守』とは筒の形に作った布の袋に、紙の御札や神様や仏様の像を入れて、常に胸に掛けていたそうです。
そうすることで、家族や一族の厄除けを願っていたそうです。

この『懸守』はその後、武士の間にも広まって江戸時代になると、庶民の間にも浸透していきました。
その当時、このお守りを肌身離さず持っていたことから『肌守(はだまもり)』とも呼ばれていたそうです。
それが現代にも伝わったとされています。

現在、主流となっているのは『印籠型(いんろうがた)』と呼ばれる縦長のものです。
『印籠型』とは『水戸黄門』で最後に出す、印籠の形のことです。

(2017/2/7放送分より)

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