暑い夏、愛犬に少しでも涼しく過ごしてもらおうと、トリミングサロンでサマーカットをオーダーする飼い主さんも少なくないでしょう。けれども、犬の被毛を短くしすぎてしまうと、屋外では熱中症、室内では冷えによる体調不良を起こすこともあるので要注意。
今回は、サマーカットの長所と短所、そして犬の被毛の役割についてお伝えします。
サマーカットでお腹を壊すことも
筆者の祖父母宅にいたマルチーズは、サマーカットが原因でお腹を壊したことがあります。
20年も前なので、“省エネ”という概念が浸透していない時代のこと。冷房の設定温度は22度前後で、祖父母は居間をキンキンに冷やして涼んでいました。そんな祖父母の愛犬のマルチーズは、夏には必ず、顔以外はバリカンで短く刈るスタイルのサマーカットにしていたのですが、冷やされた部屋にいると便がゆるくなったり下痢気味になったりしていました。
かかりつけ医に相談すると、「冷房による冷えが原因でしょう」と言われたそうです。
当時は筆者も気づいていませんでしたが、筆者がその後獣医師に取材を重ねた結果から言えば、祖父母の愛犬はサマーカットによって保温を担う被毛が減り、体が特に冷えやすくなってしまったに違いありません。
冷たい空気は下部に溜まるため、人と比べて低い位置に内臓がある犬にとって、床の近くでの生活は人より体が冷えやすいのです。
かえって熱中症になりやすくなる!?
さらには、多くの獣医師は、極端なサマーカットが熱中症にかかるリスクをアップさせると警鐘を鳴らします。
犬の被毛は、保温に役立つのはもちろんのこと、断熱材のような役割も負っています。
灼熱の砂漠地帯に暮らす人々が肌を露出しない服装をしていたり、夏の海水浴では日焼けによる皮膚の炎症を防ぐためにラッシュガードなどを着用したりするのは、犬が被毛によって熱から体を守るのと同じことと言えるでしょう。
ところが、もともと長毛の犬種が短く毛を刈ってしまうと、直射日光などによる熱が皮膚に届きやすくなってしまいます。
人間のように汗をかくことで皮膚から熱を体外に逃せない犬たちは、ハァハァと口を開けて呼吸をすることでしか放熱ができません。もともと熱中症にかかりやすい体のしくみをしている犬にとって、皮膚からダイレクトに熱を受けてしまうのは危険なこと。
獣医師や長毛種のブリーダーさんの意見をまとめると、生え際から2~3cmの被毛を残しておけば、断熱材としての機能は損なわれないようです。
最近は飼い主さんからのサマーカットの依頼に対して、「バリカンではなくハサミを使って、毛足を数センチは残してカットしますね」などと、その理由を説明しながらおすすめカットを教えてくれるトリマーさんも増えています。
ニッポンの夏には、サマーカットのメリットも
それでは、サマーカットは犬には悪影響ばかりなのでしょうか?
そんなことはありません。なぜなら、ニッポンの夏は、ジメジメしていて暑いから。
柴犬などの日本犬と暮らしている方は、夏を前にして訪れる換毛期をご存知のはず。これは、高温多湿な日本の夏に身体を適応させるべく、寒い季節に保温の役割を担っていた日本犬のアンダーコート(下毛)がごっそりと抜ける時期のことです。
日本犬のみならず、アンダーコートとトップコート(オーバーコート、上毛)の2層構造のダブルコートの犬種は、住んでいる地域の気候や住環境にもよりますが、通常は年に1~2回の換毛期があります。
筆者の愛犬のノーリッチ・テリアもダブルコートの犬種なので、夏を迎える準備として、アンダーコートが数週間に渡って抜ける時期が毎年訪れ、掃除が大変です……。
一方、被毛が2層構造になっていないシングルコートの犬種もいます。その多くは、作出当時から貴族の部屋で暮らしながら愛玩犬としての役目を負ってきた、マルチーズ、シー・ズー、ヨークシャー・テリア、トイ・プードルなど。換毛期がないので、室内で飼っても掃除が楽なのが飼い主さんとしてはうれしいところ。
ところが、前述の筆者の祖父母宅のマルチーズのように、サマーカットによって特に冷えやすいのはシングルコートの犬種です。
それらの犬種の手触りの良い被毛は、夏季も湿度がそれほど高くならないヨーロッパなどの原産国では長いままでも良いのですが、多湿な場所では皮膚の通気性を悪くして細菌の繁殖しやすい環境のもとになります。
そこで、特に日本のような高温多湿の地域では、適度なサマーカットが皮膚の衛生環境を保つために有効なのです。
まずは、愛犬がシングルコートなのかダブルコートなのかを知ったうえで、過度ではないサマーカットを検討するのも良いでしょう。
ポメラニアンなどをはじめ換毛期のある犬種は、換毛期は毎日しっかりブラッシングをして抜け毛をすっきりと除去してあげることも、通気性や皮膚の衛生環境を保つために重要です。
また、熱中症予防のために留守番時の冷房は必須ですが、犬が寒さを感じたら暖をとれるよう、冷感グッズだけでなく、ホカホカと暖かいドッグベッドや毛布なども一緒に置いておいてあげるのもおすすめです。
みなさんの愛犬が、どうか健康に夏を過ごせますように!
連載情報
ペットと一緒に
ペットにまつわる様々な雑学やエピソードを紹介していきます!
著者:臼井京音
ドッグライターとして20年以上、日本や世界の犬事情を取材。小学生時代からの愛読誌『愛犬の友』をはじめ、新聞、週刊誌、書籍、ペット専門誌、Web媒体等で執筆活動を行う。30歳を過ぎてオーストラリアで犬の行動カウンセリングを学び、2007~2017年まで東京都中央区で「犬の幼稚園Urban Paws」も運営。主な著書は『室内犬の気持ちがわかる本』、タイの小島の犬のモノクロ写真集『うみいぬ』。かつてはヨークシャー・テリア、現在はノーリッチ・テリア2頭と暮らす。東京都中央区の動物との共生推進員。