3横綱が休場し、故障者も続出。秋場所は「とんでもない力士が優勝する」と審判部が大あわてです。しかし、相撲人気は相変わらずで、熱戦の連続。2日目、宇良を圧倒的な突き倒しで下した貴景勝は、幕下時代から6勝1敗と得意にしていました。2人は、とても長い付き合いです。報徳学園中学時代、1年生で在学中の宇良がいた関西学院大まで出げいこを行い、胸を借りていたそうです。当時は中学3年の貴景勝でしたが、互角以上の成績を収めていたとの声が聞かれました。そんな経緯もあり、宇良戦は闘志が倍増。表向きは、
「誰が相手でも関係ありません」
と話しています。ただ、宇良も車いすで引き上げるとは思ってもいなかったでしょう。
本名は、佐藤貴信。出身は兵庫県芦屋市。全国的に有名な高級住宅地です。佐藤家もかなりの資産家という話を聞きました。当初、お父さんは自身同様、空手をすすめ、習いに行っていましたが、小学3年時の試合で、反則を取られて、
「判定のあるスポーツはイヤだ」
と言ったところ、だったら、「相撲だ」と、これまた一哉さんがすすめ、プロの力士になりました。
貴乃花部屋は、ちびっ子力士の育成を目的に、キッズクラブがある。小学4年から6年まで、芦屋から東京へ通ったというのですから、これはもう本気。貴乃花親方も、
「すごい四股を踏んでいる。すごい子だ」
と目をかけたそう。そうはいっても、体が小さい。俊敏で快足。抜群の運動神経をもっているにもかかわらず、力士になるために小学生が肉体改造を行いました。牛丼の特盛に、ハンバーグ。肉、肉、肉…の毎日です。小4で30キロの子どもが、小6では70キロに。
ただ、太ればいいというものではありません。芦屋では表現は適当ではないかもしれませんが、奇人の父子として有名でした。四つ足歩行で階段を昇らせ、後ろ姿の坂道ダッシュなどで徹底的に鍛え上げた。
幼少時、芦屋の暴れん坊と呼ばれていたのは、野原で自身と同じぐらいの高さの草と格闘したからです。相手が草。やり返してこない代わりに、あまりつかみどころがない。不思議な鍛え方もある、と感心しました。貴乃花親方は、自身もそうでしたが、めったにほめることはありません。もちろん、面と向かってではないものの、親しい関係者に入門時、
「あの子は、やる気がある」
と漏らしたそうです。それが、貴乃花部屋初の日本人力士の関取へ成長して、部屋頭に。親方が大好きな戦国武将、上杉景勝からつけたしこ名を大きくするチャンスが巡ってきました。今日、3日目は3連勝をかけ正代と対戦します。
9月12日(火) 高嶋ひでたけのあさラジ!「スポーツ人間模様」