一度も言葉を交わしたことのない息子へ コチョウランに託した想い
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それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
上柳昌彦あさぼらけ 『あけの語りびと』
白い花が縦に連なるコチョウランのたたずまい・・・。凛とした気品にあふれるこの花は、最上級の贈り物とされ、会社のお祝い事や芝居・演劇・演奏会などの贈答用として珍重されます。値段も2本立てが2万円台、3本立てが3万円台というように群を抜いており、花屋さんの店先でも、ひときわ目を引く花となっています。
千葉県いすみ市のNPO法人「アロンアロン」はこのたび、コチョウランの栽培用の温室「オーキッドガーデン」を千葉県富津市に完成させました。
「アロンアロン」の理事長、那部智史(なべさとし)さんは現在48歳。本業は不動産賃貸業で、奥さんと息子さんの3人家族です。今年で21歳の息子さんは、重い知的障がいを負って生まれてきました。
同情や憐れみや好奇心をもって向けられる世間の目に耐えかねて、父親の那部さんは一時期、うつ病にかかってしまったといいます。闘病生活の闇から立ち上がったとき、那部さんの胸の中には一つの決心が固まっていたといいます。
「そうだ! 金持ちになろう!」
ベンチャー企業を立ち上げた那部さんは、身を粉にして働きました。その結果、会社は従業員100人の企業へと成長。
「みんなに羨ましがられるような生活をすれば、この苦しみから救われる…とそう思ってきたんですが、心の暗い穴は埋まらなかったんですよねぇ」
当時を振り返る那部智史さん。
「違う、何かが間違っていた! 目的は金持ちになることじゃない!」そう気づいた那部さんは、せっかく育て上げたベンチャー企業を売り払ってしまいます。息子さんが将来、家賃収入だけで食べていければ…という思いでした。
それでも埋まらなかった心の穴。那部智史さん・・・40歳のときでした。
厚生労働省の調べでは、作業所などで働く障がいをもつ人たちの月額賃金は平均でおよそ1万5千円。
「この賃金に障がい者年金を合わせても、生活保護の金額に満たないんですよ」
この賃金の低さは、社会的な自立を望む障がい者本人とその家族にとって、高い壁となっている現実。これを思い知った那部さんは、次の夢に向かって燃えました!
「知的障がい者が、まともな賃金をもらえる施設を作ろう!」
浮かんだのが贈答用のコチョウランを栽培する温室というアイディアでした。
むずかしくて手間のかかるコチョウランの栽培。空調や光の調節機能などを備え、およそ2万本を栽培できる温室の総工費、およそ6千万円のうち3,800万円は日本財団が支援してくれる話もまとまりました。
温室の中では、コチョウランの栽培経験のあるスタッフが知的障がいをもつ人たちに、その育て方を指導します。毎日毎日手をかけて仕上げるまで半年はかかるというコチョウランの栽培は、地道ではあっても芸術品を創るような歓びがあります。
那部さんの「アロンアロン」は、インターネットで苗のオーナーを募集。9月22日に、238人から420万5千円の栽培資金が集まり、プロジェクトが成立しました。この温室で働く知的障がいをもつ人は、20人の予定。11月から公募するそうです。
「月額の賃金を、10万円にまでするのが目標なんです」と、那部さんの声が弾みます。そして、こんなふうに続けてくれました。
「生まれてから一度も言葉を交わしたことのない息子ですが、その存在を、意味のあるものにしたいんです。その命に、理由を持たせてやりたかったんです」
2017年9月27日(水) 上柳昌彦 あさぼらけ あけの語りびと より
※上柳昌彦休演のため渡辺一宏が代演
朗読BGM作曲・演奏 森丘ヒロキ
番組情報
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