それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
上柳昌彦あさぼらけ 『あけの語りびと』
全国の医療施設、老人ホームなどを訪れて、入院している患者さんや入所者の似顔絵を描き続けている村岡ケンイチさんは、1982年、広島県のお生まれ。
その活動は「似顔絵セラピー」と呼ばれています。
「ただ、似顔絵を描けばいいというものではないんです」
村岡さんは、患者さんと向き合っても、すぐには絵筆を取らないそうです。
まずじっくりと、その話に耳を傾けることから始めます。
その人が元気だった頃を想像し、好きだった事・夢・仕事・家族との想い出~など、人生全体が浮かび上がってくるまで、辛抱強く待ちます。
それは家族との団らんだったり、忙しく働いていた企業戦士としての記憶だったり、フィンランドへオーロラを観に行く夢だったり・・・。
話し込んでいるうちに、患者さんの顔に次第に生気がよみがえってきます。
その表情を、水彩絵の具や筆ペンで色紙に活写する!
そして、思い出をモチーフにした背景画を描いて似顔絵が完成。
多くの方が、その絵を見つめ「よく描けてるねぇ」と喜んでくれるそうです。
小さい頃から落書きやマンガ、友だちの顔を描くのがうまかった村岡さんは、名古屋芸術大学に進学。似顔絵の魅力に開眼したのは、オープンキャンパスで学校を訪れてくれた受験生に、似顔絵をプレゼントしようというアイディアがまとまったときだそうです。
「みんな喜んでくれましたね。緊張していた受験生も、自分の似顔絵を見て、腹を抱えて笑ってくれました。楽しさを共感出来て、その場の空気がパッと明るくなるのが分かりました」
こう振り返る村岡さんは、卒業後に上京。似顔絵プロダクションに2年ほど勤務して2006年、広島県立広島病院の緩和ケア病棟で、終末医療を受ける患者さんたちを対象に、似顔絵セラピーを発表します。
「患者さんが主役の話が詰まった似顔絵は、本人と家族、医療関係者の方々の優しいコミュニケーションの空間を作りだします。似顔絵が癒しの一つとなることを確信できたんです」
それから10年。
村岡さんがこれまでに描いた似顔絵は、140カ所、3,000人以上!
2012年には、似顔絵セラピーの効果が、医学論文として掲載されるといううれしい知らせもありました。
また、村岡さんは、日米韓三カ国で行われた似顔絵国際大会の白黒部門で4回も優勝という偉業を達成しました。
けれども、その道は順風満帆だったわけではありません。
必死に患者さんの思い出話を聞いて絵筆を走らせるものの、声は上ずり、絵筆を持つ手が震えたこともありました。
余裕の無さは、患者さんに見抜かれるものだといいます。
ある日、その初老の男性は、奥さんと娘さんに両側から挟まれるようにして、精神医療施設で開いた似顔絵セラピーの部屋に現れました。
「俺はなぜ、こんな所に来なくちゃならないんだ!」
男性の顔には不満と敵意の色がにじみ、その心のシャッターは閉ざされていることが分かりました。
村岡さんは落ち着いて、ゆっくりと話し始めます。
取りつくシマがないと思われた男性がこぼしたコミュニケーションの糸口、それは「将棋が好き」ということでした。
横から医療スタッフが割って入ります。
「そうですか!私も好きなんですよ、将棋が。今度、一緒にやりましょう」
男性の心がフッとゆるみました。
すかさず、絵筆を手に取って描き上げた絵は、家族がそれぞれ将棋の駒を持ち、みんなでダンスをしている絵でした。
男性の顔から、ふわっと笑みがこぼれました。
こころが通い合った瞬間です。
こんな一瞬を求めて、村岡さんは今日も絵筆を握ります。
2017年8月9日(水) 上柳昌彦 あさぼらけ あけの語りびと より
朗読BGM作曲・演奏 森丘ヒロキ
番組情報
眠い朝、辛い朝、元気な朝、、、、それぞれの気持ちをもって朝を迎える皆さん一人一人に その日一日を10%前向きになってもらえるように心がけているトークラジオ