それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
上柳昌彦あさぼらけ 『あけの語りびと』
『花の如き 口をあけたり 燕の子』
正岡子規門下の俳人、青木月人(あおきげっと)の一句です。
親がつかまえてくる虫を「ボクにちょうだい」「ワタシにちょうだい」と、口を一杯に開いて鳴く燕(ツバメ)の子は、俳句の夏の季語に数えられています。
東南アジアから5,000キロもの旅をして日本に渡り、子育てをするツバメは害虫を食べる益鳥として、あるいは商売繁盛の兆しとして昔から歓迎されてきました。
まずオスが先に戻ってきて、同じ所に前の年の巣が残っていれば、それを補修しながらメスの到着を待つといいます。
今年はもしかすると、ダメかも知れないねぇ。普通の年なら2回目のタマゴが、そろそろ孵ってもいい時期なんだが。
…と、浮かない顔をしているのは東京台東区千束で自動車修理の工場を営む五井康夫(ごいやすお)さん72歳。
今年も春先に工場の前の電線から中の様子をうかがっているオスの姿を見たそうですが、ここのところ、その姿もぱったり途絶えてしまいました。
日本野鳥の会・自然保護室の話によると〝幸福の鳥〟として親しまれてきたツバメですが、近年は数が減り、40年前の半分まで減ってしまったという調査データもあるそうです。原因はいろいろ考えられます。
*都市近郊では、エサになる虫が少なくなった。
*軒先のある家が減り、巣づくりのための泥を付けにくい建築資材が増えた。
*シャッター通りや空き家など人間のいない建物が増えた。
人間のいるにぎやかな所では、ヘビやカラスなどツバメの天敵も少ないことを、野生の知恵は知っているのです。
五井さんは、アレが悪かったのか?コレがマズかったのか?いろいろ考えるのですが、ツバメにそれを尋ねるスベはありません。
五井さんの工場に、ツバメが初めて巣を作ったのは、1990年頃。工場内の天井に取り付けてある蛍光灯の傘の上。
傘は滑り落ちやすい傾斜がついているので、上に折り曲げて、巣が落ちないようにしました。
47年前の蛍光灯は、とっくに壊れて点灯しないので、本来は傘ごと交換しなければならないのですが、ツバメのために、そのままにしてあります。
また、夜間でも休日でも、親ツバメが自由に出入りできるようにと、工場のシャッターは穴をあけました。ツバメ専用の玄関です。
「これじゃあ、シャッターの強度が落ちますよ」と、業者は渋りましたが、「そこを何とか。」と頼み込んだといいます。
タマゴを産むと、オスとメスが交互にあたため、およそ13日でふ化します。子育てが始まると、フンで汚れてしまうので、巣の下には車を置けません。工場の中を丸々車一台分空けなければならないので、ますます手狭になります。
さらに、大きな音を出してツバメを驚かせてはいけないので、作業にも気を使いますし、ヒナが巣から落ちたときには、広げたビニール傘を逆さまに吊るして安全装置を作り、猛暑でヒナが亡くなってしまったときには、小さな送風装置を付けて、涼しい風を送りました。
こうして30年近く、五井さんは今ふうに言えば「ツバメ・ファースト」の初夏を過ごしてきたのです。
ある日、工場の中をツバメの一家が乱舞して、激しく鳴いていたんです。
何事かと思ったら、巣の中に一羽だけ飛べないヒナがいて、それをみんなで「ガンバレ!ガンバレ!」と応援していたんですね。ツバメの親子愛、兄弟愛に感動しました。
こんな思い出を話してくださった五井さんに、最後にうかがいました。
--ツバメは、帰ってくるんでしょうか?
帰って来ます!必ず来ます!間違いなく帰ってくると信じてます!
五井さんの声は、自信に満ちていました。
2017年6月28日(水) 上柳昌彦 あさぼらけ あけの語りびと より
朗読BGM作曲・演奏 森丘ヒロキ
デザイナー松土(まつど)文子(ふみこ)さんが去年、五井さんの自動車修理工場をモデルにした絵本『おじさんとつばめ』を出版し話題に!(税抜き1,800円)。
コチラは近所(南千住)の老舗喫茶店「カフェバッハ」に置いてあります。さらに、7/11(火)から23(日)まで2週間にわたって、田原町の「リーディンライティングブックストア」で絵本『おじさんとつばめ』の原画展と五井さんの工場に集うつばめたちの写真展が開かれます。
番組情報
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