真夜中の駄菓子屋は大人のワルガキのため
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それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
上柳昌彦あさぼらけ 『あけの語りびと』
若者と演劇の街、下北沢……、ここに「下北沢一番街」と呼ばれる商店街があります。
ちょっと懐かしい雰囲気が漂っていて、ぶらぶら歩いて行くと、商店街のはずれに見えてくるのが、小さな駄菓子屋さん。
営業時間は、夜の7時ごろから、朝の5時まで……。
ドアには「真夜中の駄菓子屋」という貼り紙が出ています。
お店の名前は、『悪童(あくどう)処(しょ)』と書いて、「ワルガキサロン」と読みます。
ここを営むのは、東九条(ひがしくじょう)阿洞(あどう)さん。79歳。
実は東九条さん、「三丁目の夕日」に登場する茶川(ちゃがわ)竜之介のモデルです。
映画では、吉岡秀隆さんが演じていましたが、東九条さんも、東大に進み、在学中、新東宝にスカウトされ、役者をかじったこともありました。先輩は高島忠夫さんだったとか。
その後、実家の印刷会社を手伝いながら、昭和33年、いまから59年前に、下北沢に駄菓子屋を開きます。
多才な東九条さんは、他にデザイナーをしたり、テレビ番組の台本を書いたり、その頃、知り合ったのが、漫画家・西岸(さいがん)良平さんでした。
「漫画に出てくる商店街は、まさに、このあたりなんだよ。鈴木オートや、三河屋のモデルもあってね、いまは、二代目、三代目と、店も代替わりをしたけど、一番街には、昭和の雰囲気が、まだまだ残っているんだよ」
しかし、昭和30年代の下北沢にあって、いまはないものがあります。
それは、街で遊ぶ子供の姿です。
「当時、下北沢には、駄菓子屋が20軒ほどあってね。この一番街にも、二、三軒あったけど、子供が減って、最後に残ったのは、うちだけ。子供がいないから、大人を相手に〝真夜中の駄菓子屋〟を始めたわけさ」
夜が深まると、「悪童(ワルガキ)処(サロン)」に若者が集まってきます。
デザイナー、カメラマン、役者、芸人、ミュージシャン、漫画家などみんな、可能性を秘めた〝玉子〟ばかりです。
店の片隅に、大学ノートが置いてあります。
表紙には「世界一になる」の文字……「役者志望の子にはハリウッドを目指せと、アドバイスしているんだ」
まるで孫のような若者が、深夜、駄菓子を食べながら、東九条さんの話を聞いたり、悩みや相談事に乗ってもらったり、まさに、サロンの雰囲気です。
「中には、ちょっと心の病気を抱えた子もいてね、『いつまでも働かずに、家に閉じこもっているなよ』とか、『親に甘えてるんじゃないぞ』、そう言ってやると、うれしそうに帰っていくね。俺みたいな口うるさいジイさんが、周りにいないんだろうね」
今週の金曜と土曜、下北沢一番街で「阿波おどり」が開かれます。
それが終わると、東九条さんは、大腸癌の再検査で入院します。
「去年、大腸癌の手術を受けたとき、一週間、意識が戻らなくてね、天国のカミさんが、俺を呼んだのかもしれないけど、まだまだやることがあるから、検査入院を終えたら、元気になって、戻ってくるよ」と、好きなタバコをくゆらせます。
『夜中に、若者の夢を聞くのが、一番楽しい』という東九条さん。
あっという間に、夜が明けて、閉店の朝5時……、
若者は、晴れやかな顔で始発電車に乗って帰っていきます。
「店の宣伝はしたくないが、これだけは言いたいことがあるんだ」と東九条さん。
「駄菓子を与えない親がいるだろ。不潔だとか、腹を壊すだとか。よく考えてみなよ。外で遊んで、手も洗わず、駄菓子を食べて、腹を壊した子がいたか?それだけ、駄菓子は、熟練した職人が、手をかけて作っているんだ。駄菓子こそ、日本の技が結集した傑作だってことを、最後に言っておくよ」
きょうは、朝5時過ぎまで店を開けて、ラジオを聴いているそうです。
2017年8月16日(水) 上柳昌彦 あさぼらけ あけの語りびと より
朗読BGM作曲・演奏 森丘ヒロキ
番組情報
眠い朝、辛い朝、元気な朝、、、、それぞれの気持ちをもって朝を迎える皆さん一人一人に その日一日を10%前向きになってもらえるように心がけているトークラジオ