【しゃベルシネマ by 八雲ふみね・第289回】
さぁ、開演のベルが鳴りました。
支配人の八雲ふみねです。
シネマアナリストの八雲ふみねが、観ると誰かにしゃベリたくなるような映画たちをご紹介する「しゃベルシネマ」。
今回は、10月7日から公開となった『月と雷』を掘り起こします。
邪魔しないで、あたしの人生。平穏だった人生が再び大きく揺らいでいく…。
『八日目の蟬』『紙の月』など、日常に潜むリアルな人間模様の描写に定評のある直木賞作家、角田光代。家族の在り方を問いただした長編小説「月と雷」は、角田文学の真骨頂とも評される名作です。
それを『海を感じる時』の安藤尋監督が映画化、繊細かつ力強い映像でスクリーンに焼き付けました。
あたしはこれから、普通の家庭を築き、まっとうな生活を重ねていく…。子どもの頃に母が家出したため、普通の家庭を知らないまま大人になった泰子は結婚を控えていた。
そんな彼女の前に現れたのが、かつて半年間だけ一緒に暮らした父の愛人・直子とその息子・智。20年前、彼らが家に転がり込んできたことで、泰子の家庭は壊れたはずだった。
そして根無し草のまま大人になった智は、再び泰子の人生を無邪気にかき回し始める…。
泰子を演じるのは『終戦のエンペラー』でハリウッドデビューを果たした初音映莉子。智役には映画にドラマに、着実にそのキャリアを積み重ねている高良健吾。智の母親で泰子の父親の愛人だった直子役に、元バレリーナで女優としての活躍も目覚ましい草刈民代。彼らの演技力の高さには圧倒されることしきり。
トラウマを抱える泰子の揺れる心情、何を考えているのか掴みどころのない智の屈託ない笑顔、直子が漂わせる自由奔放さと深い孤独。それぞれが纏う空気感が絶妙に絡み合うことで“不安定”というバランスを生み出し、ドラマにより深みを与えています。
普通の人間関係を築けず、あてもないけど特別苦労することもなく生きていく大人たち。人が持つある種の葛藤や複雑な感情をリアルに切り取り、そして何を“選択”するかを描いた本作。
彼らの姿を追いかけていると、親と子、家族、生活の本当の意味を考えずにはいられません。
月と雷
2017年10月7日からテアトル新宿ほか全国ロードショー
監督:安藤尋
原作:角田光代(中公文庫)
出演:初音映莉子、高良健吾、藤井武美、黒田大輔、市川由衣、村上淳、木場勝己、草刈民代 ほか
©2012 角田光代/中央公論新社 ©2017「月と雷」製作委員会
公式サイト http://tsukitokaminari.com/
連載情報
Tokyo cinema cloud X
シネマアナリストの八雲ふみねが、いま、観るべき映画を発信。
著者:八雲ふみね
映画コメンテーター・DJ・エッセイストとして、TV・ラジオ・雑誌など各種メディアで活躍中。機転の利いた分かりやすいトークで、アーティスト、俳優、タレントまでジャンルを問わず相手の魅力を最大限に引き出す話術が好評で、絶大な信頼を得ている。初日舞台挨拶・完成披露試写会・来日プレミア・トークショーなどの映画関連イベントの他にも、企業系イベントにて司会を務めることも多数。トークと執筆の両方をこなせる映画コメンテーター・パーソナリティ。
八雲ふみね 公式サイト http://yakumox.com/