番組スタッフが取材した「聴いて思わずグッとくるGOODな話」を毎週お届けしている【10時のグッとストーリー】
いま大きな話題を呼んでいる、映画『ボヘミアン・ラプソディ』。今週・来週は、クイーンを間近で取材し続けた音楽雑誌の元編集長に伺った貴重なエピソードを、2週にわたってご紹介します。
今回は、なぜクイーンは日本を愛したのか? クイーンと日本の深い絆について、お話を伺いました。
豊かな音楽性と、ボーカルのフレディ・マーキュリーの個性的なファションやライブパフォーマンスで一世を風靡した、イギリスの4人組ロックバンド・クイーン。91年にフレディが亡くなった後も根強い人気を誇っていますが、その世界的人気に火をつけたのは、実は日本のファンと言われています。
「75年の初来日のとき、当時はまだイギリスやアメリカで人気が出る前でしたけれど、2千人の女性ファンが羽田空港に集まって、髪の毛を引っ張ったり、大騒ぎになったんですよ。メンバーも、外国でそんな経験をしたことがなかったから、もうビックリしてましたね」と、当時の思い出を語るのは、音楽誌『ミュージック・ライフ』の元編集長・東郷かおる子さん。
毎号、写真込みでクイーンの熱い記事を掲載し続けた『ミュージック・ライフ』は、まだネットがなく、情報に飢えていた当時のファンに熱烈な支持を受け、クイーン人気の後押しをしました。
ビートルズが大好きで、熱い記事が載っていた『ミュージック・ライフ』を愛読していた東郷さん。高校を卒業するとすぐに、発行元のシンコーミュージックに入社。今度は書く側に回り、ファンと同じ視点から、自分がいいと思ったアーティストの記事を書いていきました。そのなかの1つがクイーンだったのです。
レコード会社から回って来た試聴盤を聴いて「何これ? カッコいい!」と魅了された東郷さん。
「最初にフレディの写真やライブ映像を観たとき、フリルの衣裳で、薄化粧で歌っている彼らを観て、『少女マンガみたいだな』と思ったんです。これは日本の女の子たちに受けるなって、ピンと来ましたね」
初めて直接クイーンと出逢ったのは、初来日の1年前・74年のことでした。あるロックバンドの全米ツアーを取材に行ったとき、その前座がクイーンだったのです。
「メインのバンドより、私はむしろクイーンに逢いたくて現地に行ったんですよね(笑)」
現地のレストランでレコード会社の関係者と会食中に、ドラムスのロジャー・テイラーの姿を偶然見掛けた東郷さん。「チャンス!」とばかりに立ち上がり、声を掛けました。
「最初は『いったい何だ? この東洋人の女の子は?』という反応でしたけれど、持っていた『ミュージック・ライフ』を見せたら、『僕の写真が雑誌にこんなに大きく載ってる!』とすごく驚いて、『あす時間とるから、僕らの取材に来ない?』って話になったんです」
以来、来日の際に大歓迎を受けたこともあって、クイーンは東郷さんたちの取材に全面的に協力。イギリス本国のレコード会社も、日本での人気を聞いてプロモーションに本腰を入れるようになり、クイーンは世界的な人気バンドに成長していったのです。
「寺社仏閣に連れて行ったり、和室での撮影もよくやりました。本人たちも喜ぶし、ファンも『クイーンが日本のことをこんなに愛してくれてる!』って喜ぶんですよ。撮影の仕切りは、ぜんぶフレディがやってくれましたね。彼はサービス精神が旺盛で、次はこんなポーズでいってみようか? なんて(笑)」
けん玉や、ノリノリでテニスをする写真。はたまた正座はできないので、あぐらでお茶を飲む写真など『ミュージック・ライフ』はアイドルのような写真をたくさん載せました。
『ミュージック・ライフ』誌の目玉企画だった人気投票でも、8年連続で1位に輝いたクイーン。日本でのこの異常な人気の秘密は、どこにあったのでしょうか? 東郷さんは言います。
「女性ファンの心をつかむには、ルックスだけじゃ絶対ダメなんです。クイーンが日本で人気になったのは、フレディのどこか危険な香りやパフォーマンスに加えて、彼女たちの心に直接響くカッコいい音楽をやっていたからです。それを本能的に、いち早くかぎとったのが、日本の女性ファンだったと思いますね」
八木亜希子 LOVE&MELODY
FM93AM1242ニッポン放送 土曜 8:00-10:50
番組情報
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