【ペットと一緒に vol.162】by 臼井京音
奄美大島の山中で捕獲され殺処分になる運命だったノネコが、東京で新しい生活をスタートさせました。人への警戒心が強いノネコを迎え入れ、引っ掻かれ流血しても愛情を絶やさず接し続けた山田夫妻の、3ヵ月間の努力の末に得たものとは?
初めて飼う猫に戸惑う日々
山田さん夫妻は2019年の6月に、保護猫を迎えました。夫のKさんは犬と暮らした経験がありましたが、妻のSさんはペット自体が初めてだそうです。
「でも以前から、猫を飼うのが夢だったんです。そこで夫に相談して、共働きで21時過ぎの帰宅になっても留守番できそうな、保護猫の成猫を探し始めました」。
インターネットの里親募集サイトでSさんが一目ぼれしたのが、現在の山田家にやって来たマテリヤくんです。
「あくびをしている写真に目が留まり『見て見て~! かわいい』と大興奮の私に、夫も『本当だ。このコ、いい表情しているね』と共感してくれて。さっそく譲渡会場に足を運びました」。
ところが、対面したマテリヤくんは、まったく愛想がなく、山田さん夫妻の顔を見てフリーズしていたと言います。
奄美大島の“ノネコ”だったから?
マテリヤくんは、奄美大島から東京にやって来ました。奄美大島では、人と関わることなく山中で野生化した“ノネコ”が、絶滅危惧種であるアマミノクロウサギを捕食する可能性があるとして問題になっています。ノネコを捕獲して殺処分するという計画が持ち上がると、全国の愛護団体が奄美大島からノネコを救出するようになり、現在は各地で新しい家族の募集が行われています。
マテリヤくんは、推定2~3歳のノネコでした。人と触れ合うことなく成猫になってしまったため、東京の預かりボランティアさん宅で、人や生活環境に慣れるところからスタート。1ヵ月後、ようやく譲渡会デビューとなったそうです。
「街中で人に虐待をされた経験を持つような野良猫とは違い、ノネコは人の怖さも良さも知らないから、逆にすぐに飼い主さんに心を許すようになるかもしれないと、譲渡会で言われました。そこで、ひとまず2週間のトライアル生活に入ることにしたんです」と、山田さん夫妻は3ヵ月前の初対面の日を振り返ります。
流血してもあきらめない!
山田家に来たマテリヤくんは、トイレを1回も失敗せずにすぐ覚えたとか。
「前途洋々に思えたのですが、少しでも触ろうとしようものなら『シャーッ』と、鬼の形相で威嚇しながら猫パンチで引っ掻いてきて……。しかも冷蔵庫の裏に丸1日隠れたりしていたので、正直、へこみました」と、山田さん夫妻は口をそろえます。
そこで登場したのが、ベテランの預かりボランティアでもある斉藤朋子獣医師おすすめの必殺アイテム、孫の手。
「100円ショップにあるような、人の背中を掻く一般的な“孫の手”です。それでマテリヤの顔や顎を撫でると、次第にうっとりと気持ちよさそうな表情を見せるようになったんですよ」と、Sさんは微笑みます。
「長期戦で、心を開いてもらえるように頑張ろう」と決意し、正式にマテリヤくんを譲り受けた山田さん夫妻。とくに夫のKさんは、マテリヤくんに威嚇されようが引っ掻かれようが、やさしく手を伸ばし続けたそうです。
「夫は何度も流血して引っ掻き傷だらけになりましたが、めげていませんでした。それが功を奏したか、7月に入ったら、『シャー』ではなく初めて『ニャ~』という鳴き声を聞かせてくれるようになったんです」。
それから、フリース越しに触れるようにもなり、さらにはおやつをあげながらだとマテリヤくんを抱っこできるようにまでなったと言います。
家族団らんに欠かせない存在に
マテリヤくんは、8月に入ると抱っこも問題なくできるどころか、座っていると膝に乗って来るは、添い寝をして来るは、すっかり変貌を遂げて行ったとか。
「猫ってこんなに人にくっつく? と、飼い主としても困惑するレベルです」と、山田さん夫妻は笑います。
一方でマテリヤくんには、ノネコとしての名残を感じるとも、山田さん夫妻は語ります。ひとつは、食への執着が強いこと。飼い猫は置き餌をしても、気が向いたときに少量ずつ食べて残すケースも多いものですが、マテリヤくんは奄美の山中で食料に困った経験があるのか、出されたごはんはあっという間に平らげるとか。
「カーテンにくっついた大きめの虫を、すごい勢いで仕留めて食べたこともあります。『おおお~』と、思わず歓声を上げたくらい、野性味を感じましたね(笑)」。
Kさんが奄美大島に近い沖縄出身であることや、殺処分対象の保護猫だったと知ったことも、マテリヤくんを迎える決意を固めるきっかけのひとつになったそうです。
「迎えた当初を振り返ると、こんなに甘えん坊でおしゃべりなコになるとは、想像もしていませんでしたが(笑)。長い時間を要してもいいと、わたしたちが決意して向き合って、ほんとうに良かったです。家族団らんの中心に、いまはマテリヤが欠かせない存在です。外出しても、夫は早く帰りたくてソワソワしています」(Sさん)。
「もともとは犬派でしたが、マテリヤだけは別。完全に溺愛しています(笑)。我が家に来てくれて、ありがとう! と、妻とふたりで言っています。地元に近い奄美のノネコたちが、マテリヤのように幸せな第2の猫生を手に入れてくれたらいいですね。」(Kさん)。
そう語る山田さん夫妻の横で、マテリヤくんは「ニャーン、ニャーン」と子猫のような高い声で鳴いています。マテリヤくんとの生活は、まだ始まったばかり。これから先は山田さん夫妻はもちろん、マテリヤくんにとってもあたたかい思い出が、どんどん増えて行くことでしょう。
連載情報
ペットと一緒に
ペットにまつわる様々な雑学やエピソードを紹介していきます!
著者:臼井京音
ドッグライターとして20年以上、日本や世界の犬事情を取材。小学生時代からの愛読誌『愛犬の友』をはじめ、新聞、週刊誌、書籍、ペット専門誌、Web媒体等で執筆活動を行う。30歳を過ぎてオーストラリアで犬の行動カウンセリングを学び、2007~2017年まで東京都中央区で「犬の幼稚園Urban Paws」も運営。主な著書は『室内犬の気持ちがわかる本』、タイの小島の犬のモノクロ写真集『うみいぬ』。かつてはヨークシャー・テリア、現在はノーリッチ・テリア2頭と暮らす。東京都中央区の動物との共生推進員。