【ペットと一緒に vol.178】by 臼井京音
愛犬の遺骨が真珠に生まれ変わる。それを知った、ドッグメンタルコーチの中西典子さんは、13歳で旅立ったフーラちゃんの遺骨を抱き、五島列島へ。今回は、中西さんの“真珠葬”のストーリーを紹介します。
どの愛犬もかけがえのない存在
「おかえり」…中西典子さんは、真珠になった愛犬の遺骨を手のひらに乗せて、こう語りかけたそうです。
「これまで、4頭の愛犬を亡くしました。けれども、1度送った子をまた迎えに行くような……。そんな不思議な感覚になったのは今回が初めてです」
中西さんの愛犬フーラちゃんが旅立ったのは、1年ほど前のことでした。
「大好きなミニチュア・シュナウザーの、男の子とばかり暮らして来たんですが、フーラは初めての女の子。とにかく手がかからず、穏やかな性格でした。なので他の子と比べて、脳裏に色濃く焼き付いている思い出が少なかったんです」と、中西さんは笑います。
とは言え、2歳のころまでは、観葉植物を食べてしまったり、好奇心と勢いに任せて上ったテーブルから降りられなくなってしまったりと、ハラハラさせられることもあったと言います。
余命1ヵ月宣言を経て
紅一点のフーラちゃんが、中西さんやお兄さんシュナたちに愛され守られながら、楽しい日々を過ごしたのは想像に難くありません。ところが、12歳を過ぎたころのことでした。
「血液検査で肝臓が悪いとわかり、獣医さんから余命1ヵ月と告げられたんです。それはもう、びっくりしました」と、中西さんは当時を振り返ります。
東洋医学やホリスティックケアなど、フーラちゃんのためになりそうなことを中西さんは柔軟に取り入れたそうです。その結果、宣告された余命よりもフーラちゃんは10ヵ月も長く生きてくれました。
「旅立ちの前日、フーラは久しぶりに頭をしっかり上げて歩き、好きだった場所を1ヵ所ずつ心に刻むかのようにして巡っていました。クッションプールの定位置や、ソファの脇などです。もう少し一緒にいられる。そう思ったのですが、フーラの容体は急変し、一緒に寝ていたフーラが翌朝おねしょをしていたことに気付き、『いよいよお別れのときが来た』と覚悟しました。そして、ずっと抱っこをしていたら、少しけいれんをしたのち、フーラの呼吸が止まりました。その死にざまは、フーラらしく凛として美しいものでした」
フーラちゃんの遺骨が五島列島へ
フーラちゃんを亡くしたばかりの中西さんに、友人のひとりが声をかけたと言います。
「長崎県の五島列島の奈留島で、真珠葬というプロジェクトを立ち上げるとのこと。ペットの遺骨の一部をアコヤ貝に抱かせて、真珠にするのだそうです。それを聞いて、ぜひ、フーラをアコヤ貝の懐に託してみたいという思いが芽生えました」
フーラちゃんの遺骨を胸に、さっそく奈留島を訪れた中西さんは、海の青さに息を飲んだと語ります。
「二次離島と言われる奈留島に到着するまでには、時間がかかりました。奈留島は隠れキリシタンの文化遺産が残り、“祈りの島”としても知られています。その島を囲む海は青く澄んでいて、豊かで……。こんなにもすばらしい自然、そして祈りに包まれながらフーラが生まれ変わるのかと思うと、フーラを失って心が引きちぎられるような絶望感があった私の気持ちに、変化が訪れたのを感じました」
奈留島でフーラちゃんの遺骨を使った真珠を育てるのは、日本でもっとも大きな真珠を作ることで知られる“多賀真珠”の、清水多賀夫さん。三重県の伊勢半島で代々真珠の養殖業に携わって来た清水さんが、奈留島へ移り住んだのは、16年ほど前のことだそうです。
「日本各地の真珠養殖が、1990年代の感染症で大打撃を受けたのがきっかけだったと聞きました。幸いにも日本産のアコヤ貝の天然稚貝が豊富に残っていたのが、奈留島だったとか。清水さんは、日本の真珠を救ってくれた奈留島に恩返しがしたいという思いも抱いているのだそうです」(中西さん)
真珠に生まれ変わった愛犬との対面
清水さんにフーラちゃんの遺骨を託してから、およそ1年。2019年11月30日に、中西さんは再び奈留島を訪れました。
「もう1度、フーラに会える。そんな、ワクワクした気持ちもありました」と振り返る、中西さん。手にした6個の真珠は、ピンク、白、青とそれぞれ色や形が少しずつ異なっていたそうです。
「アコヤ貝の内側のどんな色や模様が、フーラの骨を樹脂加工した核を彩るかによって、真珠のできあがりも変わって来るのだとか。黒っぽいシミが真珠についていたりもするのですが、それがまるでフーラの目や尻尾のようにも見えますね」
どれも個性があり、真珠に姿を変えたフーラちゃんを、中西さんはずっと眺めていたい気分になったと語ります。
「天然の真珠づくりは、自然が相手。アコヤ母さんのご機嫌が悪いと、核をペッと海に吐き出してしまったりもするそうなんですよ。そうした試練も乗り越え、無事に1年かけて育ってくれた真珠を手のひらで包み込んでいると、悲しみが癒えるというか……、うまく表現できないのですが、愛犬の死に対して悲しくなっていない自分に気づきました」
真珠を育てたアコヤ貝は海に帰り、天寿を全うします。中西さんは真珠になったフーラちゃんの遺骨を眺めながら、フーラの真珠を育んでくれた、美しい奈留島の海に思いを馳せていると微笑んでいました。
問い合わせ先:
「真珠葬~虹の守珠~」
https://shinjusou.jp/
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著者:臼井京音
ドッグライターとして20年以上、日本や世界の犬事情を取材。小学生時代からの愛読誌『愛犬の友』をはじめ、新聞、週刊誌、書籍、ペット専門誌、Web媒体等で執筆活動を行う。30歳を過ぎてオーストラリアで犬の行動カウンセリングを学び、2007~2017年まで東京都中央区で「犬の幼稚園Urban Paws」も運営。主な著書は『室内犬の気持ちがわかる本』、タイの小島の犬のモノクロ写真集『うみいぬ』。かつてはヨークシャー・テリア、現在はノーリッチ・テリア2頭と暮らす。東京都中央区の動物との共生推進員。