フィラリア陽性の保護プードルから“選ばれた”獣医師の決断は
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【ペットと一緒に vol.175】by 臼井京音
獣医師の高倉裕人さんは、勤務先の動物病院で「連れて帰って!」と猛アピールをして来る保護犬との、運命の出会いを果たしました。
今回は、フィラリア陽性のトイ・プードルと高倉さんのストーリーを紹介します。
フィラリアに感染したプードルとの出会い
東京都内の動物病院に勤める、獣医師の高倉裕人さん。2019年10月、静岡から東京の病院に移ってからは初めて、フィラリアに感染したトイ・プードルを診察したと言います。
「院長が保護犬の治療と譲渡先を探すボランティアをしているのですが、そのトイ・プードルも保護されて来ました。恐らくパピーミル(子犬工場)で繁殖犬として酷使されていたのでしょう。乳首は伸び切り、歯がボロボロで、ガリガリに痩せていました」(高倉さん)
さすがにフィラリアに感染している保護犬は、すぐに新しい譲渡先を探すわけには行きません。
「よし、治療してやるぞ! と、意気込んでトイ・プードルを見つめるや否や、そのコが急に私の足にしがみついて来たんです(笑)」
しかも、トリマーや獣医看護師など他のスタッフにはせず、高倉さんにだけしがみつき、以後ずっと熱い視線を送るようになって来たそうです。
院長からの驚きの提案に……
「なぜ私だけにこんなに執着するのか不思議でした。が、これは運命なのかもしれないと感じ始めていたのも事実です。“選ばれた感”がありましたね(笑)」
そんな矢先、院長が高倉さんに次のような一言を放ったとのこと。「このコ、高倉さんが来年オープンする動物病院の開院祝いに、よかったら先にプレゼントするよ」
人にも犬にもフレンドリーで性格がよく、愛着が湧き始めていたそのトイ・プードルを、高倉さんは引き取ることにしたと言います。
「開院してすぐは、患者さんがあまり来ない日もあるはずです。このコは、歯の治療をはじめ、フィラリアなど、大げさに言えば全身治療が必要な状態。獣医師としての勉強のためにも、引き取って地元の大阪でしっかり治療をしてあげようと決意しました」
かすれ声で鳴くトイ・プードルを高倉さんは抱き上げると、「レスキューされる前、フィラリアの予防薬は飲ませてもらえなかったのに、声帯を取る手術はされてるなんて、ひどいよなぁ。これからは、たくさんおいしいものも食べて、一緒に楽しい経験を積んで行こうな」と、声をかけたそうです。
シニア犬なのにまるで子犬のよう
高倉さんは、譲り受けたトイ・プードルをジェーンちゃんと名付けました。
「大好きなサザンオールスターズの『稲村ジェーン』というアルバムのタイトルから取りました。実は、先住犬の3歳のノーフォーク・テリアのタイニーと、先住猫のバブルスも同様の理由で名前を付けています(笑)」
ジェーンちゃんとさっそく散歩に出たところ、高倉さんは、これまでジェーンちゃんが外を歩いたことがないと確信したとか。
「リードをつけて歩くと、四方八方、進行方向が定まりません。自転車が横を通れば腰を抜かしそうなほど驚くし、推定7~9歳ですが、散歩デビューしたての子犬みたいでした」
それでも、高倉さんがおやつ片手に励ましながら根気よく外の環境に慣らして行ったところ、いまではシッポを上げて喜んで散歩するようになったそうです。
供血猫だった愛猫と大の仲良しに
高倉さんは獣医大学の学生だったころ、大学病院の供血猫としての務めを終えた猫も引き取っています。
「大学で学生のマスコット的な存在としても親しまれながら、病院で輸血が必要になると血液を提供してくれていました。8歳になって里親に出されたことを学内の掲示板で知り、我が家に迎え入れたんです」
現在は15歳になり、腎臓病と糖尿病を患っているというバブルスくん。高倉さんは、ジェーンちゃんと仲よくできるか不安だったそうですが、それも徒労に終わったと胸を撫でおろします。
「とにかく社会経験が少ない保護犬のジェーンなので。でも、ふと気が付くとソファで2匹くっついて寝ていたりして(笑)。タイニーは、独立心旺盛なテリア気質を備えているので、どちらにも付かず離れずといった様子ですが、ジェーンとバブルスは仲がいいですね」
実家にいたころ、高倉さんは最初にワイヤー・フォックス・テリア、その後は3代続けて柴犬と暮らして来たそうです。
「タイニーまでは狩猟犬で、想定範囲内。でもまさか、ここに来て愛玩犬のトイ・プードルを迎えることになるとは、夢にも思いませんでした」
そう言って笑う高倉さんですが、犬種も年齢も違う2頭の犬はそれぞれ個性的で、日々の暮らしが楽しいと語ります。
「幸いジェーンが感染しているのは、ミクロフィラリアと呼ばれる幼虫の段階で、成虫が心臓に寄生してはいませんでした。軽症のうちに入るので、駆虫薬を使ってしっかり治療をして、いずれは大阪の動物病院の看板犬になってもらうつもりです」
このように述べる高倉さんは、開院する動物病院で、今度は院長として自身も積極的に犬や猫の保護活動にもかかわりたいと、ジェーンちゃんを撫でながら微笑んでいました。
連載情報
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著者:臼井京音
ドッグライターとして20年以上、日本や世界の犬事情を取材。小学生時代からの愛読誌『愛犬の友』をはじめ、新聞、週刊誌、書籍、ペット専門誌、Web媒体等で執筆活動を行う。30歳を過ぎてオーストラリアで犬の行動カウンセリングを学び、2007~2017年まで東京都中央区で「犬の幼稚園Urban Paws」も運営。主な著書は『室内犬の気持ちがわかる本』、タイの小島の犬のモノクロ写真集『うみいぬ』。かつてはヨークシャー・テリア、現在はノーリッチ・テリア2頭と暮らす。東京都中央区の動物との共生推進員。