【ペットと一緒に vol.172】by 臼井京音
理容室の軒先で、季節を感じさせるコスチュームに身を包みながら、小学生の登下校を見守る猫がいます。飼い主の下水流節子さんが「この猫は私の恩人のような存在」と語り、洋服を着て注目されるのと、人と触れ合うのが大好きだというミーちゃんのストーリーを、今回は紹介します。
洋服を着て撫でられるのがうれしい
東京都八王子市の理容室ゴールドの入口脇で、幼稚園児の親子や小学生に話しかけられる猫がいます。
「ミーちゃん、おはよう。行ってくるね」
「わぁ! きょうは七五三の衣装だ~。似合ってるよ」
「ただいま~。寒くなって来たから、ミーちゃん風邪ひかないようにね。また明日」
現在11歳のミーちゃんがコスプレでの見守りを始めたのは、2年ほど前から。外に出たがるミーちゃんに下水流さんは長めのリードを付け、日向ぼっこをしながら寝られるようにと、ベッドを載せたベンチを屋外に設置したそうです。
「そうしたら、通りがかりの方がときどきミーを撫でてくれるようになって。店舗前は通学路なので、ミーにも小学生の姿になってもらおうと思いついたんです」(節子さん)。
ミーちゃんの洋服や小物は、すべて節子さんの手作り。仕事の合間に、夫の道淑さんとアイデアを出し合いながら制作するのだとか。
「ランドセルは合計1時間位で作りましたね。あ! 近くで見られると恥ずかしい出来栄えですが」と、節子さんは笑います。これまでに、20着以上のミーちゃんウェアを節子さんは作ったそうです。
驚きのタイミングで突然出現
ミーちゃんは下水流夫妻のもとに、突然現れたと言います。
「愛猫を亡くして3年ほど経ったころ、お客さんが『そろそろ次の子を迎えたら? ワンちゃんを紹介してもいい?』と。『そうするわ。よろしく』と、その犬を迎える準備を整えていると、家の前で子猫がミャーミャーと鳴いているのに気づいたんです。ご縁を感じた私たちは、『ごめん。子猫が来ちゃって……』とワンちゃんを断り、ミーちゃんとの暮らしをスタートさせました」。
ミーちゃんは人懐っこくおとなしい性格で、すぐに下水流夫妻の癒しの存在になったそうです。
「本当に、かわいくて仕方がなかったですね。そんなミーと暮らし始めて半年が経った年末のある日、屋外に出していたミーのハウスに、見知らぬ子猫がいつの間にか入っていたんです。ミーのことをすごく慕っているみたいだったので、チャー(茶)と名付けてその子猫も我が家に迎え入れました」(節子さん)。
ミーちゃんと違ってチャーくんは用心深い性格で、2階の居住スぺースに置いてある箪笥の裏に隠れっぱなし。下水流夫妻が1階にチャーくんのごはんを用意して床に就くと、家族が寝静まった夜中に1階に降りて食事をしたり、ミーちゃんと遊んだりする生活をしばらく送っていたと言います。
「いまでは家族にだけは甘えたりもしますが、ミーのように見知らぬ人から撫でられたりするのは苦手なタイプ。なので、チャーはほとんど2階で過ごしています」とのこと。
ミーちゃんとチャーくん。性格の異なる2匹の愛猫との生活を、下水流夫妻は心から楽しんでいると口を揃えます。
家族を救ったミーちゃん
節子さんはミーちゃんに、とても感謝しているそうです。
「ミーが迷い込んで来たのは、私がちょうど義母の介護で心身ともにつらい時期でした。でも、ミーは私がイライラしているときや、介護うつになったり病気をしたりしたとき、いつもそばにすり寄ってなぐさめてくれたんです」。
不調から立ち直ったのは、ミーちゃんの存在が大きかったと節子さんは語ります。ミーちゃんによって、あることに気づかされたとも、節子さん。
「“ピーポくんの家(※子供の緊急避難所。八王子市立小学校PTA連合会が行っている防犯事業)”なのに、子供たちが気軽に入って来られないような雰囲気の店だったんです。でも、ミーのおかげで子供たちが寄って来てくれて、私たちもミーの力を借りて子供たちに声をかけられるようになれました」。
さらには、下水流夫妻がもともと好きだったという犬たちも、おとなしいミーちゃんにあいさつをしに立ち寄ってくれるようになったと言います。
ミーちゃんの新しいコスチュームを、楽しみにしている地元の人々がいまでは大勢いるそうです。
「ミーが外にいないと、窓から店内をのぞきこんで探してくれたりもするんですよ。一目会いたいと言ってくださったり、体調を心配してくださったり……。中学生や高校生も、笑顔でミーと触れ合ってくれています」(節子さん)。
あまりにミーちゃんをかわいがりすぎると、「もぉ十分ニャー」とばかりに、軽く猫パンチを繰り出すこともあるとか。
「でも、爪を立てないところがミー本来のやさしさでしょうか」と語る道淑さんは、先月のハロウィンシーズンには、パイレーツ・オブ・カリビアンをモチーフにした黒い海賊ハットを、ミーちゃんの衣装として思いついたと言います。
「ミーの、いかつい顔にぴったりだと思って(笑)」。
下水流夫妻が考え出した新作ウェアを着て、これからもミーちゃんは道行く人々を驚かせたり、笑顔にしてくれることでしょう。
連載情報
ペットと一緒に
ペットにまつわる様々な雑学やエピソードを紹介していきます!
著者:臼井京音
ドッグライターとして20年以上、日本や世界の犬事情を取材。小学生時代からの愛読誌『愛犬の友』をはじめ、新聞、週刊誌、書籍、ペット専門誌、Web媒体等で執筆活動を行う。30歳を過ぎてオーストラリアで犬の行動カウンセリングを学び、2007~2017年まで東京都中央区で「犬の幼稚園Urban Paws」も運営。主な著書は『室内犬の気持ちがわかる本』、タイの小島の犬のモノクロ写真集『うみいぬ』。かつてはヨークシャー・テリア、現在はノーリッチ・テリア2頭と暮らす。東京都中央区の動物との共生推進員。