岩井俊二監督が最新作に込めた、故郷・宮城への“アンサー”とは…

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【Tokyo cinema cloud X by 八雲ふみね 第769回】

シネマアナリストの八雲ふみねが、いま、観るべき映画を発信する「Tokyo cinema cloud X(トーキョー シネマ クラウド エックス)」。

 

現在、大ヒット公開中の岩井俊二監督最新作『ラストレター』。“小さな嘘と手紙の行き違い”をきっかけに、過去と現在、2つの世代を通して紡がれる、淡く切ない恋物語です。今回は、監督・原作・脚本・編集を手がけた岩井俊二監督に独占インタビュー。

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岩井監督にとって初となった故郷・宮城を撮影地に選んだ理由、そして本作に込めた願いについて伺いました。

ニッポン放送「Tokyo cinema cloud X」

いまもこうして映画を作り続けることができるのは、幸運だと思います

八雲ふみね(以下、八雲):最新作『ラストレター』は、宮城県仙台を中心に撮影されています。岩井監督の故郷であるこの地での撮影は初めてとなりますが、監督の青春時代の原体験といったものは、作品のなかに盛り込まれたのでしょうか?

岩井俊二監督(以下、岩井監督):故郷は、仙台は…。ほぼ0歳~18歳までいた場所ですからね。今回に限らず「そこ(仙台)からインスピレーションを得なかった作品なんてあったっけ?」と言うぐらい、大切な場所ではあります。『Love Letter』は仙台の思い出を描いたものだし、『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』(※1)も『リリイ・シュシュのすべて』(※2)も『花とアリス』も、やはり仙台での体験を抜きには語れません。だからと言って、故郷・仙台で映画を撮るという発想はあまりなかったんです。自分の「私」なものと作品がくっつきすぎちゃって、ちょっとやりにくいだろうなと思っていました。だから原作は仙台だけど、映画化されるときにはどこか別の街にして…という感じだったんですよね。

(※1)打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか? … 1993年にフジテレビで放映、1995年に劇場公開。打ち上げ花火を巡って繰り広げられる少年少女たちの夏の1日を、瑞々しく描いた歴史的傑作。

(※2)リリイ・シュシュのすべて … 2001年公開。ネット掲示板を用いた実験的なインターネット小説をもとに、14歳の少年少女の不安定な心情と無軌道な葛藤を痛々しくも美しく映し出す。

八雲:そんななか、今作ではなぜ、仙台で撮影してみようと思ったんですか?

岩井監督:「未咲」という小説を書くときに、大胆にも自分の大学時代をそのままモデルにしたんですよ。そうすると必然的に、舞台は横浜ということになって。大学に通うために横浜にやって来た主人公はどこから来たのかってなると、じゃあ仙台から来たんだろう、と。そんなわけで、学生時代の思い出のシーンは仙台にしようかなと、わりとスンナリと自分のなかで決まりました。

八雲:自然な発想の連鎖だったんですね。

岩井監督:東日本大震災が起こってドキュメンタリーを撮ったり(『friends after 3.11 劇場版』※3)、「花は咲く」(※4)の詞を書いたことも影響したのでしょうね。機会があったら、ここ(宮城)でカメラを構えて映画を撮りたいなという思いが芽生えて来ました。

(※3)friends after 3.11 劇場版 … 2011年公開。岩井俊二監督が東日本大震災後に出会ったさまざまな人たちと、震災を経た日本の現在と未来を語り合うドキュメンタリー。

(※4)花は咲く … 2012年発売。2011年3月11日に発生した東日本大震災の被災地、および被災者の復興を応援するために制作されたチャリティーソング。

ニッポン放送「Tokyo cinema cloud X」

岩井監督:2011年の5月、ゴールデンウィーク明けに初めて被災地に足を運んだんです。石巻にある居酒屋のおかみさんと話していると、すごく明るいんですよ。みなさん、とても明るく悲惨な話をされるので、びっくりしたんですけど。

八雲:私も被災地の方とお話しさせていただいたとき、同じような経験があります。

岩井監督:でもね、おかみさんが言ったんですよ。「本当はみんな、泣きたいんだ」って。でも泣く場所がない、泣けるような雰囲気もない。自分だけが、自分の家だけが身内を亡くしてしまったなら大いに泣けるんだけど、みんな同じ立場だから、と。せめて映画館の暗闇のなかでもいいから、思いっきり泣きたい。だから、何か“泣ける映画”を作ってくれと言われて。

八雲:そうだったんですか。

岩井監督:でもこれまた、難しい課題だなとも思って。人を泣かせるために映画を作っているわけでもないから、「泣ける映画…。難しいな」とも思ったんですけど。ドキュメンタリーのときは、その惨状にカメラを向けたので、映画を撮るなら、自分の思い出の場所や、故郷の元気な姿を撮れたらいいなという思いは、何となくありました。だから結果的に、この映画は故郷へのひとつの“アンサー”になったのかなと、自分では思っているんですけどね。

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八雲:本作には、とても重要な“最後の手紙”が出て来ます。私はこの“手紙”から、“一歩前に踏み出す勇気”というのでしょうか。背中をポンと押してくれるような力強さと優しさを感じて、自然と涙が溢れました。同時に、この“手紙”は、岩井監督から観客へのエールでもあるのかなと感じたのですが…。

岩井監督:僕は当時の学生にしては珍しく、割と頑ななところがあって。何かに焦っているような部分があったんでしょうかね。自分の夢とか目標を、相当早い段階で定めていたんです。それで、迷わずそこを駆け抜けて来て現在(いま)がある、みたいな感じで。幸いにも、こうして映画を作れる環境にいるので、もちろん悔いはないんですけど。ただ振り返ってみると、あまりにも愚直にまっすぐ走ったなという思いも、いまとなってはあるんです。周りの友だちは、そんなに夢とか目標とか定まっていなくて、あるとき、あれは何だったんだろうと自分と比べてみたことがあって。そうして導き出した答えのようなものが、彼らは決して夢がなかったわけじゃない。むしろ自分なんかよりも、よっぽど自信があったんじゃないかということでした。

八雲:自信、ですか。

岩井監督:うん、「自分は何者にでもなれる」という自信。それはね、僕には無理だったんですよ。コンプレックスの塊のような人間だったので。何かしら強い信念を持ち続けないと成功しないだろうと、どこか追い詰められている自分がいて。

八雲:いまの岩井監督からは想像がつかないエピソードです。

岩井監督:みんなもっと、自分よりも自信ありげだったし、光り輝いていた。でもそんな無邪気な子どもが持つ特有の“自信”って、一体いつ捨てたんだろう、と。どこかで手放してしまうから、社会人になって行ったりするわけで…。その“光り輝く未来を持っている世代”と、“それをどこに置いて来たかもわからないけれど、置いて来ちゃった人たち”というコントラストが、この物語を描くうえで自分のなかでの境界線だったような気がするんですよね。でも、あれ!?(ポスターを観ながら)何か、“置いて来てないヤツ”が1人いるねぇ(笑)。

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八雲:乙坂鏡史郎(福山雅治)さんですね(笑)。

岩井監督:何か、ずっとどこかで(青春時代を)引きずっている…というか。

八雲:“あのころの輝き”を忘れられないからこその苦しみもあったりして。

岩井監督:裕里(松たか子)は、ある種の“大人になった”代表選手っていうのかな。彼(鏡史郎)や豊川悦司さんが演じた阿藤は、どちらかと言うと、我々、僕が経験して来た側に近い人たちで。(彼らは)決して幸福ではないですよ(笑)。

八雲:(驚)!? それは、監督ご自身のことも含めてですか? 当然、それだけの覚悟を持って突き進んで来られたことと思いますが…。

岩井監督:うん、ここ(映画)に出ている方々はみんな、同じですよ。人生、何の保証もないんだから。俳優保険とか、アーティスト保険とかあるわけじゃないですからね。

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岩井監督:だからこそ“長くやって来れた者同士”というのは、それだけでリスペクトがありますね。きっと長いキャリアのなかで、いろいろなことがあったんだろうなと推察することができるので。25年前に『Love Letter』という映画を作って、いまもこうして作り続けていられるというのは、運がよかったんでしょうね。自分でも幸運だったと思います。だって「お前はもう、映画なんて作らなくていいよ」となってしまう可能性だってあるわけですから。

八雲:世の中、何が起こるかわからない。

岩井監督:もちろん、自分なりに自信や確信を持ってやっては来たけれど、それだけでは説明がつかない運だったりとか、やっぱりいろいろなことがありましたよ。だから行定(勲)監督とか、たまに食事すると「お互い映画が作れる環境でよかったよね」と思うし。

八雲:同志のような存在ですか?

岩井監督:うん、小林武史さんや北川悦吏子さんに対しても同じですね。活動しているジャンルは違っても、同じ時代を駆け抜けて来た仲間。ふとしたときに、そうした感慨を覚えることがあります。

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「岩井俊二監督の集大成」とも「岩井俊二監督作品のベスト盤」とも呼ばれている、映画『ラストレター』。そのことについて岩井監督に伺ってみると、意外にもご本人は「まだやりたいことの半分もできていない」とのこと。

「ひとつでも多くの作品を観てもらって、楽しんでもらいたい」と笑顔で話す、岩井俊二監督。創作の泉は、いまも静かに湧き続けている。

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岩井俊二

■1963年、宮城県仙台市生まれ。
■1988年、桑田佳祐「いつか何処かで(I FEEL THE ECHO)」PVをディレクション、プロとしてスタート。
■1991年、深夜ドラマ「見知らぬ我が子」でドラマ初演出。
■1993年、「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」で、日本映画監督協会新人賞を受賞(テレビドラマでの受賞は初)。
■1994年、中篇『undo』で映画監督デビュー。
■1995年、初長編監督作『Love Letter』は社会現象と化し、異例のロングランヒットを記録。
■1996年、念願&渾身の大作『スワロウテイル』が公開。
以降、ショートムービー、ドキュメンタリー、アメリカ映画、アニメーションと、縦横無尽にエリアを広げ、いずれの作品でも唯一無二の「岩井美学」を証明している。

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『ラストレター』

全国東宝系にて公開中
監督・脚本・編集:岩井俊二
原作:岩井俊二「ラストレター」(文春文庫刊)
音楽:小林武史
主題歌:森七菜「カエルノウタ」(Sony Music Labels)
出演:松たか子、広瀬すず、庵野秀明、森七菜、小室等、水越けいこ、木内みどり、鈴木慶一/豊川悦司、中山美穂 / 神木隆之介、福山雅治
(C)2020「ラストレター」製作委員会
公式サイト https://last-letter-movie.jp/

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『ラストレター』
著:岩井俊二

■文春文庫から発売中。
■亡き姉・未咲の代わりに同窓会に出た裕里は、初恋の鏡史郎と再会。2つの世代の恋愛を瑞々しく描いた、岩井美学の到達点!

関連サイト https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167913465

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八雲ふみね

映画コメンテーター・DJ・エッセイストとして、TV・ラジオ・雑誌など各種メディアで活躍中。
機転の利いた分かりやすいトークで、アーティスト、俳優、タレントまでジャンルを問わず相手の魅力を最大限に引き出す話術が好評で、絶大な信頼を得ている。
初日舞台挨拶・完成披露試写会・来日プレミア・トークショーなどの映画関連イベントの他にも、企業系イベントにて司会を務めることも多数。
トークと執筆の両方をこなせる映画コメンテーター・パーソナリティ。
八雲ふみね 公式サイト http://yakumox.com

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